法律とミステリーの関係

人が犯罪に至る動機は様々だが、犯罪者とされる人の幾らかはそれが犯罪であると分かった上で実行する方が良いとする確信犯と、知らずにやってしまい警察や検察がそう認めて犯罪であるとされる人がいる。そのうち、知ってか知らずか犯罪をしてしまった人間には誰かを犯罪をせざるをえない状況に追い込み、罪を着せて報復しようとするような者もいる。

だが、人に指示をしてその指示通りに人が事を為すと即ち犯罪であるということを知った上で狙ってそうするのは「犯罪教唆」という別の犯罪であることを知る人は少ない。

古いミステリーが面白いのは名探偵以外の警察も法律もどこか前時代的だからで、例えば私立探偵ごっこをするとそれだけで不法侵入などの罪を犯すことになりかねない。

それはさておき、結局のところミステリーの真犯人というやつも刑法がそうであるから、一人の人物が責任を負うまでの物語として成立するのだと俺は考える。最後に手を出して殺した人が悪い、だから悪いのは誰かという話であるから、物語の脇役に怪しい人物が登場する。そして多かれ少なかれ登場人物たちはどこか憎しみ合う部分があり、結末までは誰が誰を殺したとしてそうかもしれないと思うような構造なのだ。

自殺はいかん、殺しちゃいかん、生を受けるのは喜びで、命は何より尊い。それら美徳の言葉は生きづらさを感じている人にはどう響くだろう。ミステリーは小説の中では嗜虐的でよく売れるジャンルらしい。本の中で殺人というテーマについて色々と考えるのだろう。


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