DTMよりピアノかギターの方がマシという話

 システムエンジニアプログラマとして商売する以上はソフトウェアが売れて会社が儲かって給料が入る方が良いのでDTM界隈が盛り上がるのは良いことだし、売れて良いと思う。

 しかしひとりの人間として善意を持ち、音楽家を志す子供や若者が居たとして、まずパソコンを買うべきか、音楽家は将来的にDTMが本業となるかという問いを投げかけられたら、俺はピアノかギターの方が良いと答えてきた。「絶対うそでしょ」「もっと良い方法があるでしょ」「パソコン持ったら楽チンなんでしょ」「お前本当はパソコンで作曲してギター当て振りじゃないの?」などと言われたし、そしてDTM作業風景は人に見せるようなものでもないと思ってきた。

 まあしかし、隠し事であったDTMだがそれが噂通り誰でも出来るんじゃないかと心配してきたのは俺だけで、マクロで数分でインストゥルメンタルを作ると「この仕事はプロだわ」というリアクションで、実際に俺が使っているのはMacBookProである。なぜ数分で曲が書けるかというと、音楽から8小節,16小節,32小節などと細切れになった各楽器のフレーズがあって、数分の曲を書くのにドラムが一定のリズムを刻むならループになる部分があるので実演奏時間を先回ってドラムのループをキーボードショートカットで打ち込める。

 この仕事を見せてしまった人は皆、驚いて引く。たくさんの音楽を聞く中で、ドラムはこんなもんでしょという想像が働くのだ。これは俺はキーボードをちょっと操作しているだけなので簡単だと思って隠してきたし、ライブなどでドラムを演奏するプレイヤにも失礼だと思ってきた。だけど、聴いたことがあるものをファイルに出力するためにショートカットが便利なだけで、今から始める人が先回りして想像するのは無理だし、ループでコーディングした楽曲を手直しするとなると楽譜をひとつづつ調整する膨大な手作業が残る。

 つまり、一撃で音楽を先読みして調を合わせて合奏する前に何をどういう風に重ねて組み立てるとどうなるかある程度想像が付いていないと、出来ないわけだ。自覚は無かったが。

 そうすると、組み立て以前に音楽体験として楽器演奏ではなく聴く体験も山ほど必要になると思うから、パソコンがあったとして作曲の前に既存曲を聴く。そうするとYouTubeやAppStoreにGooglePlayMusicとかレコードとかCDとかMDとかカセットテープが先立ってあるわけで、クラシックのコンサートやロックバンドのライブに行って感動をもらってモチベーションを上げていくというような体験が先に必要かもしれない。

 まあ、俺は子供の時に部屋に姉のピアノがあったけど「お姉ちゃんのだから」という理由と習ってもいないのが音を出すとうるさいというので大して触れず、ゲームプログラマーになりたいとパソコンを買ってからネットにつないでヤフオクで1万円のカシオのシンセサイザを買い、ちょっといじるくらいでサラリーマンをしてお給料をもらってから趣味でギターを買い、DTM雑誌も山ほど積み捨ててから60鍵のシンセサイザも買って運指からやり直して、そうしてDTMと生演奏を比較しながら、DTMの方が便利だと思うポイントでDTMを使ってきた。

 初音ミクも「可愛い女の子のパッケージだけど何にも面白くないらしいよ」と止められながらも「俺はやりたいんだ!」と16000円で買って民謡「さくら」を歌わせるのが目一杯のところからWindowsVistaで歌唱データを作ってMacBookProに移して伴奏を付けてネットで公開するまでDTMソフトも2回乗り換えて最初から総計すると100万円くらい使って600再生くらいの跳ね返りがあった程度。

 そうすると自分で歌ってギターでも弾いたほうが良かったのではという反省から、他人には楽器を勧めてきた。今でも楽器の演奏とDTMソフトを連動させて楽曲をひとつ作るとなると大仕事で、その意味ではマクロでインストゥルメンタルを数分で作れるDTMに利便性があることは認めて良いとは思う。ただ、その能力はソフトの利便性と自分の音楽体験との相乗効果シナジーであると言える。

 仕事現場を見た人からは「もっと便利に出来るものだと思っていた」との感想を受けた。

 それでも広い世の中、譜面が書けてパソコン作曲は出来るけど楽器の演奏はできないというDTM職人さんも居ると聞くし、楽器が出来てDTMに行く人はバンドやオーケストラの中で他の人と合わせて曲を何度も練習するのと違って勝手に自分で作れるDTMの方が創作的であるというような意見もある。

 そのDTM界隈から、米津玄師さんやYOASOBIのAyaseさんが脚光を浴びたのはコンピュータで曲が作られているとしても作り手としての人はいるわけで、バーチャルに擬人化された初音ミクと姿の見えるアーティストでは実像の方が市民権を得たということだし、本人が楽器が出来る方がカッコ良く映ったという話であろう。

 そんな風に色々とあってから、バンドと違って独奏に向いていると思うのがピアノかギターでそれから始める方が良いんじゃないかと俺は思うんだ。だから人にもそう勧める。

 そしてさらに言うとピアノが弾けないけどDTMをしているという人は荘厳なピアニストの演奏に対する謙遜の胃から「自分のピアノは大したことありません」という意味であって、和音の進行とか短いフレーズの演奏は絶対に出来るはずで「ピアノが弾ける」という言葉の持つイメージに振れ幅があるからだとも思う。その意味で演奏家としてスキルを上げるか、作曲家としてパソコン等の機器に頼るかみたいな枝道はあるとして、ピアノは持つもんだと思う。


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