高め合う関係なんてのは幻想よな

 今日は音楽の仕事に行き詰まって久しぶりにPS2で遊んだ。

 まあゲームのブログを書いてもいいんだけど、家でギターを弾いていてもゲームを遊んでいても外の路地に音が漏れているんだろう、通り過ぎた子供が大体何か野次を飛ばして行く。

 どう言われるのか文字にするとますます悪循環なので書かないが、子供というのは案外簡単に人を傷つける。それは言葉でも大人の汚い言葉の口真似であったり、砂場でスコップで遊んでいて当たってしまったり自転車で巻き込み事故を起こしたり、色々あるだろう。

 そうすると、人は協力して何かをなす以前に協力体制を作るために互いを傷つけないとは言わないまでも、殺しあわない程度には弱めあっているのだ。よく憎い人への恨み言で「戦争になったら一番に死ぬわ」というようだが、敵味方に分かれたとして、味方陣営にいる憎い人を戦乱に紛れて殺してしまおうというような腹の人を今までも何人か見てきた。

 俺は音楽を歌とギターでするのに飽きて、しかしバンドをする協調性とか人間関係におそらく問題があって、コンピュータを使って自動演奏の機械演者を増やしているところだ。

 その究極系には坂本龍一小室哲哉という先達がいるのかもだが、YMOTM NETWORKというグループがあった以上、それでも独りというのは無謀なのだろう。もちろん、機械をひとりで組み立てたわけではないので、独りだとも思っていない。ただ、世の中では部屋に独りでコンピュータやギターやキーボードをいじっている人を見て「独り」と見做すだろう。

 その独りはネット越しに多くの音楽家から演奏を受け取っていて、皆はむしろ俺に「演奏しろ」というのではなくじっとしていれば聴かせてくれる。その意味で、高め合う関係とはいかなるものかを考え直した。バンドで音楽をするならば、独りで何もかも出来たとしても、弱めて譲って他人の仕事の領分には過度に干渉しないというようなことが必要かもしれない。

 これはゲームを作る仕事でもそうで、プログラム、グラフィック、サウンドなどに仕事の領分を区切って互いの専門性を発揮するために自分の不得意な部分には手を出さない。

 最初に書いたように、今日は仕事に行き詰まったと思ったが、実は他の人の仕事を頼って待っているということだな。


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