アーマードコア・ネクサス今日で4日目

 アーマードコア・ネクサスを始めて4日目になり、もう三日坊主とは呼ばせない。

 27戦9勝18敗とまあ勝率33%で次のアリーナはオラクル。ミッションで勝つたびにアリーナ対戦の選択肢が出てくる仕様なのかな。でも正直このくらいで置いておいていいかなとも思う。

 ロシアとウクライナの情勢を受けて機関砲とかミサイルで撃ち合うゲームを今するのはどうよ、というのは俺はそこは別問題でしょって割り切る部分と、それでもシミュレーションとして戦争に対する関心が結構高い自分に対して世間が問題視する可能性も否定はしない。暗いと思う。けど、その根の暗さが俺の中心人格だとも思う。暗い奴が自分の体というロボット操ってカラオケで盛り上がるやつみたいなものを操作している。ちょっと違うかな。まあでも、明るく振る舞う俺は仮面なのだろう。音楽は心から好きだけど。

 その意味では、脳で筋肉を操作して指でコントローラを操ってそれでバーチャル上のロボットを動かしている気分が視野から与えられるのだけど。だんだん体みたいになるよね。

 そこまで来る前に辞めちゃう人がほとんどかもしれないし、買ったからにはクリアしてやろうと何度も挑み攻略本とかも買い、ファンになってレビューを書いている人の文章を読んでやる気になったわけだから、理解というか共感するためにはこちらも相応の順応を要する。

 する前から比べたら、別の角度からものを見るその視点がいくつか増えた気がする。もともと多重人格的なのに視点が増えたらもっとややこしいじゃないかって思われるかもだけど、離れたところから見たほうが分かることもあるわけで。

 ネクサスのすごいところは負けても話が次にどんどん進むところだと思っていて、1面ずつ溶けるまでおあずけとやり直しを食らっていく旧来型のゲームシークエンスよりもどんどん戦況が変化して、何とかその中で現況分析をして勝つために食らいついていかないと分からないまま負け続けるみたいのがゲームでバーチャルながら現実に近く思った。

 他のゲームよりも1勝がすごく大切で、当たり前でなくて、勝った時のもぎ取った感がすごい。2周目になるとこの感覚は失われるんだろうな。やり直せるのが当たり前のゲームの世界である種の疑似成長を感じながらも、人生で一度しかなさそうな第一印象を決める出会いの場面での失敗を一生悔い続ける、みたいなのが、その局面は多分もう来ないのだから次の面考えないとダメでしょみたいに変わり、そして来るべき次の面に備えるにはマシンセットアップと限られた活字情報からの戦略の読み取り。

 ただ、例に漏れず電源を切って放っておいたら進まないので、テレビに戻してこうしてMacBookでタイピングしている時間の安心感とか無駄さと言ったら世話がない。余興。

 俺としてはこのゲームをそっと置いておきたい気持ちがロシアとウクライナで停戦協定が結ばれる感じになっていけばいいなとは思う。勝率が50%になればどちらもが資源を失うだけの消耗戦になるわけだからね。過去の俺は簡単なゲームに勝ち自信を得続けて戦争も策略を巡らせれば勝ち目があるものだという風に考え続けてきた。

 算段とか策略が煮詰まるのをロシアによる開戦は待ってはくれなかった。始まっちゃったなと思って、それからニュースに食いついた。準備を叩く先手必勝の手は恐らく正しく、放っておけばロシアはもっと悪い情勢になったかもしれない。ただそれは諸外国にやさしさのようなものがなく、冷戦を続けたらという前提での話。

 やさしさをどこまで信じていいかは分からない。太平洋戦争をしたアメリカに親日家がいるようで、それは戦勝国や大国として余裕があるからだろう。

 負けがこむと余裕もかましれいられない。たとえゲームでも、そこでの決着が後の人間関係の優劣評価に影響を及ぼしていくと考えてしまうからだ。「ゲームなんて」と言える人にはそれだけバックグラウンドに余裕があるのだろう。ゲームをする暇もないというのは仕事で相応のポジションがあるからだろう。ゲームはゆとりなのかというと、違う気もする。

 その意味で格闘ゲームRPGは俺にとって完全にゆとりだった。アーマードコアに乗り換えたのと緊迫する世界情勢はそう考えると無関係でもない。先に別問題だと書いた気もするが、まったく無関係だと誰も意識すらしないわけで、関係の有無を意識する距離感の案件だから。

 その中でランキング30位とか、勝率33%というのは厳しいけど仮想世界での現実なのよな。


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