ルクス

 ここ三日ほど酒が増えている。ギルティギアの練習量も増えている。やりたかった事が出来て来て、しかし寝る前には虚しくなり酒をあおる。といっても缶ビール2本。

 だいたい、酒を飲んで寝ると翌朝後悔するのだが、今日はそれがない。昨晩は遅くまで寝付けず、パソコンでSNSを見ていたら深夜ラジオの話があって小さな電池式ラジオで乃木坂46オールナイトニッポンを聴いていた。3曲の歌とそれに交えたしゃべくり。よく眠れた。

 朝から何故か勉強していた。スケジュール手帳に自由欄のあるものを選び、日記は3行程度でブログもしていることだし、自由欄は自主勉強。主に高校の内容だ。

 高校は1日7限の進学校だったので、あの頃のサボりは毎日1時間勉強したとしてもそうそう取り戻せるわけではない。だが、中学の復習から始めてかれこれ長いこと復習をしている。

 気がついたら、昼飯どきを過ぎていて、時を忘れるほど集中してノートを書いていたことに気づく。普段は復習といっても義務感で決めたからやろうと自分の背中を押して何とか数ページ書いて辞める。

 それが生物の光合成から二酸化炭素の有る無し、光の有る無し四象限に分けて光合成を考える時に光の単位にルクスが使われていて、ところでルクスってどういう単位なんだろうとなって、起源をたどっていたらお昼を過ぎていたわけだ。物理学も数学も必要だった。

 ルクスはフランス語でルックスとも。明るさの単位でありながら、人の見た目の良し悪しにも使われる。そう考えると、自撮りするときに顔の問題ではなく光の当て方の問題も重要だという連想が湧き、スマホで自撮り実験をしていた。

 それから、電気通信の範囲で捉えていることは実はフタを開けると電気信号から光や音に変換して人間同士で通信しているので、電気から光を通して網膜から脳に入り、顔写真とかインスタと文字が中心でSNSをしているけど、それが動画でテレビ電話状態になったり、なんだかんだ人の顔を見て言葉を交わしている感覚が得られればそれで良く、昨日のラジオも思い出した。

 ふと幼稚園くらいの子供のDNAを採取して何らかで死に、それからクローンまたは子孫を作ったとして、子を持たずとも100歳くらいまで楽しく生きた人の両者の人生はどちらが幸福と言えるだろうかという極端なケースを考えた。

 人は体としての生を受けている間に心が出来て、その心の動きこそが幸福感であり、その幸福感も光量ルクスのように測りようによっては難解ながら測れる気がした。

 唯心論はそれはそれで極端だと思うが、今夜は酒に頼らずとも眠れそうな気がしている。


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