お医者さんとブラックジャックと先生と

 銀歯が取れて歯医者さんに診てもらい、新しい詰め物をしてもらった。

 待合に伯父さん伯母さんがおり、世間話をする。俺は気が利かないのか、人のウソを見抜けないで騙されたままになっていたことが、後々の話で辻褄が合わなくなってから前との違和感で気づくタイプなのだが、賢いヤツと言うのはその前段階で嘘を見抜いて、そして気を利かせるようだ。人前で「前に逝ったことと違う」などと指摘してしまうのは以下略。今日も少しやらかしかけた。

 その意味で、口裏を合わせる以外にどんな嘘と本当があるのか、というのは伯母さんとの世間話にまつわる今回のテーマだが、本当の根拠を通り過ぎて消えてしまう音波から紙に残る文字にしたところで本当にしてきた歴史が日本にはあるようで、神と筆が貴重品だった時代に貴族が証書を書けば本当だったのかもしれない。

 その傾向は出版社が設立される頃まで続くが、西洋では聖書がそうであったように印刷技術が出来て紙とインクの大安売りになった時代に市民もこぞって本を買って文字を読むようになる。寺子屋の時代とか義務教育とかもあるけど、それを支えるのは紙と墨やインクである。筆やペンや印刷機である。先生は音を確かめるような存在だろう。

 ところが、俺が中学高校になる頃の先生と言うと、若い頃からテレビを見ていたとかマンガを読んでいて勉強を仕事にするために先生になったような先生が結構いる。初期の出版社は市民に本を提供する上で歴史や記録を忠実に照らし合わせて本を作ったらしいが、漫画本と言うと手塚治虫先生の活躍で当時の少年に絶大な人気があり、その少年が今やお年寄りなので実質上のバイブルと化しているが、ブラックジャックに大病院の体質と孤独なさすらいの医師を題材とした病と治療代と医師についての思想は刷り込まれていて、他にもブッダを読めとか火の鳥を読めとか言われるわけだけど、それは創作であって出版社のファクトチェックが機能しないからこそ生まれた側面もあるわけで。

 その意味で、漫画が絵とセリフで出来ていて、せめてセリフは国語辞典で裏付けられる意味体系を持っているとして、シーンによる使われ方如何以前に言葉の意味までは失われていないとは思いたい。

 マンガの次はテレビなわけで、本を読まないでラジオやテレビで言葉を覚えたのだとしたら、口裏を合わせる以外に何が本当か分からないという迷いにはまず辞書や辞典が有効だと考える。ネットで調べるというのも善し悪し両面で悪い側面が取りざたされながらも、ちょっと辞書を引くのが面倒な時に検索で目的の言葉に「意味」をスペースで区切って入れると三省堂などの辞書と等機能に使えるので、それがハッカーに書き換えられる恐れがあるとか事実と違うとか言うと、陰謀論なわけで、なぜ悪い側面が指摘されるかというと手軽で便利で他の人に使われたくないからって考えると、分かった。便利だから俺は使うがお前らはちゃんと紙の辞書で勉強して真似すんなよと書いておく。

 逐一言葉の意味を気にして文脈の途中に知らない語があると検索する癖を付けている人と、知らないまま類推したりして放っておく人が同じようにネットで文章を読み続けると積み重ねるとすごい差になると俺は思うんだけど、このブログはファクトチェックを俺の記憶に頼っているところが多く、まあテレビゲームと攻略本で育ったので、年配のゲームクリエイターとゲーム雑誌編集長に「責任取れ」って態度で結構サラサラと書かせてもらってます。発言は団体のものではなく俺個人のものです。

 出版物ではなくブログで無償公開しているため、責任を取れと言われても何もしようがありません。そこは取り扱う上でご注意をお願いします。自己責任で使ってください。


🄫1999-2023 id:karmen