メロコア

 どんなバンドが好きか、やりたい音楽性は何かというところ以外に自分の見た目がカジュアルなのでバンドの服飾的な意味でのファッションで自分にハマるのは何かということで本意ではない音楽をやってきた。

 ギターを練習する過程でコードから入っているので、ロックポップスジャズなどの近代音楽理論をハウツーから始めているので、習った通りに「それっぽいもの」出来る。

 それでいいかな、とあきらめかけていた。

 それでも、稽古は日課として続けていた。

 自分の知らない人のほうが自分のある部分をよく知っているということはある。学校でも、ゲーセンでもない、SNSで知り合ってライブハウスで数回会った女性に「なんでライブハウスとか来たの?」「どんな音楽がしたいんかなぁ」「好きなバンドとかあんの?」と店で出る酒をちびちびと飲みながら質問に答えていると「メロコアやんなぁ」って話で周りの人が一致した。

 ギターをコードで弾くのではなく、メロディを弾きたい。そのメロディをパンキッシュなハードコアつまり激しいズンチャカにのせたものをメロディック・ハードコアつまりメロコアとジャンル分けするらしい。

 ギターがそこそこ弾けても何かやりたい音楽と違うと思っていた俺はアニメ「ぼっちざろっく」を見てから10代にギターに見た夢を思い出した。

 そこまで分かると、大雑把にメロコアに分けられているものなら何でも良いかというとそういうわけでも無く、オーバードライブの効いたロングトーンのギターのメロディに絡むのはハードコアというほどパンクロックではなく、もうちょっと電子音楽テクノ・エレクトロのような短いフレーズを繰り返して刻むようなグルーヴなのだ。

 それでも、やっぱり「ダンスも入ってるよね」とも話す人はいた。踊るのかという話ではなく、好きな音楽にダンスミュージックにジャンル分けされる要素が入っているってことなのはわかるけど、じゃあダンスミュージックって何というのも厳格に決まっているわけでも無いと思う。

 ふわっとしたジャンルのイメージ同士は境界は曖昧だけど、ど真ん中を取ると住みわけはあるみたいだ。定義が分からないと考えが先に進まないオタには難しい。

 ただ、そうして分解して組みなおしていく過程で、ライブハウスに通う人と自分との明確な違いはレコードを聴いてきたかゲームミュージックを聴いてきたかだって近頃では思う。それで、決してマジョリティ=多数派とは言わないものの全部集めると結構な数になるオタのお客さんが喜ぶものとしてマンガは分かるんだけど、音楽性向として電子音楽は外すことが出来ず、Perfumeとか乃木坂46のエレクトロ要素は音楽界隈からオタのサンプルとして捕まえられた俺の好みをモロに突いていると思う。

 ギターを弾いて歌う男性ボーカルでありながら、実はエレクトロで歌う女性ボーカルになりたくて、それでいて相手はV系男子という夢があるのかもって、こうして活字にしてみるとそれは俺自身ではなく俺の理想の相手像なのかもなとも思うんだ。

 まあ、世の中色々な人いるから自分に合う相手もそのうち見つかるかもだけど、V系に対する俺の感情にホモとか変態性向と気持ち悪がるのではなく一緒にライブを応援しに行くとか、そこまで分からなくても反対にそっとしてほじくって治そうみたいに思わない人が良いかなって思う。

 その意味ではアニメ「ぼっちざろっく」は人のある種の弱みをいじりすぎていると思ってちょっと辛くて5話までで見るのを辞めた。

 それでも、10代からどこかで蓋をしてきた話なので、LUNASEAがアルバム"LUNACY"の頃には化粧や衣装をモロゴシックから街を歩ける衣服との融和を目指してソフトになっていて「ああいうかっこいい兄ちゃん」になりたいって願望があった時もあったが、一番最初に書いたように「自分にそれが似合うか」と考えると、今の俺の姿は完全に「あきらめた人」の世を忍ぶ仮の姿ではある。

 あと、ゴシックで街を歩くのはおかしいという価値観で街を歩けるオシャレとの融和と表現したが、ライブハウスにはあくまで音楽性で集まっている人が多く、コスプレで集まる界隈の街にはマジまんまLUNASEAみたいな人が歩いている光景もあり得るわけで。

 3年ほど構造の仕事を手伝っていたので建築をかじった観点から、建物に似合う服という考え方もあるのかなとは思うのがコスプレ系に感じる違和感で、背景までハマっているのを見るとカッコいいなと思うけど、でもそれって日本のどこで何して暮らすんのよって思いもあって、俺の好きな音楽もまた静かな町でスピーカーで鳴らすものではなく電車で立って窓の外を見ながらウォークマンで聴いて出来た世界だと思う。

 耳がそこではないところにあるという機械によって生まれた乖離性人格だなあ。


🄫1999-2023 id:karmen