俺が学生の頃には既に世にプレイステーションが出ていたのだが、俺はサターンユーザーでカプコンびいき、しかし就職はもっと安定した大きな会社にしようと思っていた。今ではカプコン社も大きな会社ってか俺の就活の時から既に結構大きかったが、それでもストZERO2とかを見ていたので、ナムコとかの方がすごそうだった。
それでまあ、プログラムとCGをやっていて、プログラム学科は2DゲームをCG学科は3Dを進路希望しているが、卒業後2Dゲームのアルバイトしか仕事が無く、大手ゲームメーカーでは3DCGの最先端をゲームパッドで動かす実験が行われPS2が発売されたのは俺がユニオンシステムで働いていた頃だった。この頃の給料が25万で周りからは高すぎると言われたが、基本給20万残業手当5万で毎日深夜残業だった。
結局のところユニオンシステムというのは日本ユニシスと間違えそうな会社で、日本ユニシスでは建築パースを3DCGにして施主に見せるという営業で高層建築物の受注をするのだが、ユニオンシステムは東京電工のライバルで免振設計が主な仕事だ。そこではパースとかそういうのは意匠の偉い人のお上の仕事で俺ら構造と斜に構えていた。
そのへんの下っ端根性がいつの間にか自分にも染み付いて、若い正社員になめられた派遣社員といっても若い頃は「本当に仕事をしているのは俺たちの方だ」みたいな左派の野党派的なイデオロギーがあって成り立つわけだが、35歳くらいになるとそれでも若い人よりは給料は良いし、世の中の体制を理解して「へえへえやりますよ」という感じになってしまっていた。
40退職してから今年で6年目になるが、その間にスーファミのゲームをいっぱい遊んで飽きてPS2もいっぱい遊んで、それでようやく3DCGゲームを自分で作れないかという所に焦点が移る。ゲームを動かすのはビットマップとプログラム、3Dはモデリングしてレンダリングして1枚絵。でもプレステは3Dが動く。となるとプログラムで3Dを描ける一部のスーパープログラマーの手腕ではないか、こう考えていた。
しかし、マシンがハイスペックだとモデリングしてレンダリングするその計算がゲームのアニメのひとコマ所謂ゲーマー用語の1フレームで完結する。だから従来的な手法の組み合わせがツール類で出来るようになり、プログラマとして、またはモデラとしてコツコツデータを作りためていた人が一気に華やかに活躍できる時代になった。
そんなもんは雇われプログラマで拗ねていた俺にはねえよ!
だが、32歳からギターの稽古を14年してきた。DTMの勉強もちょっとやった。それを活かして、3Dでモデルが少なくて、簡単なプログラムのゲームで、音楽がカッコイイのくらいなら今の俺でも目標に出来ないかと今日は2曲作曲した。
さて、これからロボットのモデルでも作ってありきたりな3Dロボシューでもやってみようかと。そうすると頼りに思っていたUnityが無料ソフトから年間20万から50万を要求するエンタープライズなツールに変貌していた。
ああ、これなら自力で3Dプログラムできるのも力になるかもな。もちろん人を雇うよりツールを使うほうがコストが安いと切られる可能性もあるが、ツールで手の届かない範囲を自家製プログラムなら何とか出来る。
ただし、この考え方は自作がヘボいとツールの初歩的な使い方にすら敵わないという諸刃の剣でもある。CかVBという選択に、プロとしてアセンブラは必要ではないかとマイクロソフト製ではあるがデバッガの使い方なども午前中に自習していた。
昼飯はスーパーで余計なものは買わずに親父の分と弁当ふたつ。それを食う前にちょっとしたケガをしてしまって、応急手当をしてからおろし唐揚げ弁当を食った。
そしてセガ本を久しぶりに読み直していると、回転行列などの話の後にCで関数を作るのが基礎ではあるが、それが近年機械語一撃になっているというオチが付いていた。ちなみに本の付録はVCでコンパイルできるロボット二体で撃ち合う3Dゲーム。
だが、俺の今の開発環境はVBなのだよなぁ。Cで全部は工数がかかりすぎる。
なんというか、ゲームが作りたいとか、お金が欲しいとかではなく、ゲームを遊ぶとゲームファンの子供たちは最新作で遊んでいてクリエイターに憧れていて、それは確かに絵が上手かったり何か秀でている人なのかもだけど、コンピュータ業界の構造的にソフトハード両面で開発をアウトソーシングしてその恩恵を受けている上位ユーザなのよ。まあ俺もノートパソコン使っているからハードの人から見たらユーザだし、学生時代はモデラやレンダラーを使っていた。
その辺から見たら暗い画面とか白いノートにプログラムを打ち込むのは地味だし、反対に会社組織では黒い画面で字を打つのが案外偉いんだけど、女性陣の事務職から訳の分からない事で高給取っている嫌なやつみたいな圧もあるし、だからと言ってツール使って花形の仕事をすれば幸せかというと売れなくてひもじい人もたくさん見ている。
この業界は幾ら何でも子供を騙して金を取るって行為がエスカレートしすぎて誰も幸せになっていなんじゃないかとすら思うよ。まあ、俺の子供時代は幸福で若い両親を思い出すと涙がこぼれるのだが。
理解者がいない気がするが、俺の他人への洞察が本当の理解で無いからそういう誤解をしているだけかもしれないのだが、とかく孤独な感じがしてしまう。
遊ぶ側に回るくらいのカネならあるのかもだが、それでは今まで何のための仕事や勉強だったのかという空白感に耐えられない。それくらいのこと、誰しも当たり前に経験しているのかもしれないがな。作ったものや学んだことがどんどん無駄になる感覚。
反対に、学んだことを役立てて、作って無駄にならないモノを考えると、どうしても3Dロボシューには手を付けたい。今日は作曲をして、アセンブラ予習して、Unityをチェックして、本を読んだ。そのフラグシップモデルであったバーチャロンが捨て値で売られている事や、時代に遅れていることも知りながら、通らねばならない道だとも。
専門学校のお坊ちゃんが友達に「良く出来てるね」と褒めてもらうだけで一銭にもならない趣味に大金を投じるような、そういう時代感の延長線上に今俺はいる。SNSではゲームで遊んでいる方が大会だのプロゲーマーだので、そっちのほうがしっかりしたやつに思われているんだろうなと思ってしまう事すらある。もちろん、技師より稼ぐ芸人だっているだろうから、職の差ではなく人気の差が現実問題で、それを直視できない平等の会社員としての20年が思想に染み付いているのだろう。
制作会社でも給料はもらえたわけで、個人になって仲間が近くにいないのは寂しい。
だけど群れて遊んでいるだけで明日もどうにかなると能天気には思えない。その辺、安心して何かに没頭できないのは俺の社会に対する不信感が影響しているのだろう。
もちろん、作ったゲームが思うように売れないという経験もその考えを強化する。
ただ、月給30万だと100万円は3人月にしかならないが、14万で見積もると100万円は7人月になり、バイトしていたゲーム会社はだから回っていた。そのカネ勘定をすると俺だって贅沢しなければ、ずっとゲーム開発をする時間はあるはずなんだ。しかし歳に焦りを感じている。本当に何歳になっても今の暮らしを続けて平気なら、またゲームは作れる。その先に先回りして不安になるんだ。作るからにはお金は欲しい。
いちど給料をもらえる側になって、売上がお金ではなく人月がお金になるという会社員になってしまったが故にそちらに順応して競争社会で無能化しているのだろう。
俺が学生の頃には既に世にプレイステーションが出ていた。そんな強敵と戦えるだろうか?エスタークを2ターンで倒したら仲間になるというデマを信じてレベル上げをしている子供とどう違うのか。ゲーム遊んでいる人の話の方がゲーマーにも分かるよね。
そういう意味でも、仲間が少なく政治的にも辛い役回りになってしまったと思う。

まあブログ書く暇あったらロボットのモデリングでもしたほうが仕事は進む。
やって何になる?はやりたくないから出る言い訳で、やったら出来上がる。まあ、もちろん出来上がっても何にもならない事も半分くらいは分かっているのだがな。