NHK「グレーテルのかまど」にて漫画家ヤマザキマリ先生がネロ帝について「後の歴史書では暴君とされたが、実際にはそうではなかった」という話をされており「会ったのか?」とは思うものの、手元の「手に取るように世界史が分かる本」を紐解くと暴君として書かれており、史実とは史書に基づくという意味なのか、後世からあらためて推察されるものの方がその時代の検証や論理性に基づいて正しいと考えられたとして、それを新史実としてして良いかと考えると、史書は史書として残り時代時代の作家がそれに対する考察を描いて、それはそれで歴史小説とか歴史漫画として現世以降に残る。

んー、何が本当か分からんが俺は歴史家ではないが、出鱈目を書いているわけではなく歴史の話をする時は日本史と世界史についてこの写真の二冊を描きたい事柄があった時に読み直して書いています。先日の二月革命からマルクス主義にナポレオン三世の流れもこの世界史の本です。
厳密にはこういった参考書ではなく高校の教科書だったら教科書に基づいているという事になるし、正したかったら教育委員会とかにも文句を言えるのかもしれませんが、諸般の事情で今手元にある本がこの二冊の本です。
何に基づいているか、という観点からしてこういった学参に基づくのは根が浅く、教科書を主軸にしていたら教育委員会と戦えるわけですが、俺は教育委員会と今更に戦いたいわけではなく、ネット物書きであるブロガーとして史実とかけ離れた出鱈目を列挙しているという批判に抗うために、歴史の話はこの本を使っていますよという話。
しかしまあ、出版社や著者にまで俺のブログが橋渡しとなってクレームがつくならウチには構わないで直接やり合ってくださいという格好を取るつもりです。
ネロ帝についても会ったことも無いのに史書に反してというか史書に描かれた事が偽りであったという立場を取るなら、史書のその他の部分はいちいち裏が取れているのかという問題も同時に噴出するので、そういう論でもって安易に歴史を刷新して新しい知識として取り入れるのはチョット根が浅いと言っている俺の本も本屋で何となくもう一度勉強しようと手に取った一冊乃至二冊ではあるわけですが。
まあ大体からして、NHKの「グレーテルのかまど」が話題の出発点で、その裏取りを書店で昔に手に取った一冊の本で済ませるというあたり、根が浅くて申し訳ない。
学校教育の一端として日本史や世界史があり、受験科目にも歴史を選択する人がいる以上は教育委員会との戦いとして歴史をあらためるまたは従順に学び取るという選択を、どちらも主体は自分で対峙するのが大学という事になるわけで、どこぞの大学が過去に頒布された教科書をあらためて生徒に新しい事を教え始めたとして、過去に習って卒業したものの知識をお触れを出して更新するために手段として何を取るのかというと、新聞やテレビなどのマスコミメディアは速報性はあるけど、習ったことと違うことを平然と放送して右に左に振り回すのなら、それは受け取る当人の責任であり発信する法は言論の自由に基づくという非常に身勝手な振る舞いであって、だからして書店の本や新聞雑誌にテレビと違って教科書準拠で論を進めなくてはならないとは思うのですが、そのために今日のブログ執筆以上の情念を燃やして何かを改めようとまでは思ってはいません。
まあ、ことの発端はゲームの話が何に基づいているかという話でゲーム会社の人があんまり知らなかった新声社のゲーメストが出て来て面白かったということで、本屋の学参で歴史を勉強している人もいるということを少しだけ主張して今日の記事を括ります。