カッコつけなきゃカッコ良く見えない!

 俺は実は足が長すぎるのが悩みである。身長182㎝だ。

 自慢とか、イヤミでは無いのか?と思われる方もいるかもだが、合う服がなかなか見つからず、シャツをベルトから出して腰を低く見せることで体系を隠している。

 こんな感じだ。しかし写真ではサイズ感が分からないので、小柄な人でも細身でシュッとした服を着ると縦横比の関係で背は高く見える。それでテレビでも出演俳優さんの身長差を考慮して撮影されている。写真で高く見える人と本当に背の高い人が同じカメラにぶつかって浮き彫りになる事が避けられたりしているのだ。

 シャツを上げるとこんな感じだ。人にもよるが並んで歩くのは嫌という人もいるし、年を取るまで鈍感で気付かなかったが、人が団体で移動するとき前を取りたがる人というのは一定数いて、俺は後ろでも平気だったが、何の団体か分からないけど他人から見て団体の時に前を歩くのがリーダーであると考えられると考えると、それが前を取りたい動機であって、それに気づいて前を取ると会合とかに集まる人がグッと減った。つまり背が高い俺と何かの会で集まって、それで誰かが前を取れるから集まって来て後ろに見せて従えているように見せられるから街で集まってメシやゲーセンや映画とかに団体で行くのであって、バレれるとそもそもが仲間外れにされてしまう。

 人間社会というのはそういうくだらないロジックの塊なのだ。そもそもが性悪説を唱える人であっても、社会に秩序があることは認める。つまり悪人同士であって、社会というものを成立させるために建前を本音以上に人付き合いでは大事にしているという事だ。

 それでまあ、高校くらいで背が高くなり、漫研の友達の裏切りにあった。皆で描いた本の執筆者欄にすごく変な顔を描いて「みやーん」と名前を振り、コミケで売られた。他には商店街の奥様方がキャーキャー言って、母屋の爺さんが激怒して葬式棟には呼ばれなくなり、隠されるように生きている。顔が老けて今のようにオジンになってようやく嫉妬していた老人たちが他界して、やや自由になったのだ。

 これは実は俺は26歳くらいから病気だが、いわゆる原因不明で不治の病と言われる精神病ではあるが、なり始めたとき俺は大阪にいた。裏通りのマンションに住み、カレー屋や美容室のお姉さんなどと遊んでいたが、ある時に友人が面白がって「お前もうちょっとカッコいい服着たらモテるって」といったのは周りでチヤホヤする女が俺より年上で、年上の女に騙されて若い彼女が出来ないのを不憫に思ったのか、言われるままに梅田でオシャレして街に出ると、そう、それからだ。地下鉄でも、出口でも、街中でも、人という人の視線が全部俺に向いて、どんどん人気のない方に逃げて行かないと、何か悪い事でもしたのだろうかというような罪悪感に苛まれだす。

 マンションの自室でガクガクブルブルしてこもり出し、会社には地下鉄ではなく裏通りを歩いて行くようになり、そしてその裏通りでビルの屋上からバケツをひっくり返したように冷水を浴びせる事故かイタズラかわからないようなことになり、ずぶ濡れで会社に行くとやはり会社でも全員俺を見ていて、そのまま泡を吹いて救急車で運ばれた。

 目覚めて、会社で何があったか分からない派遣会社の人間に喫茶店の呼び出され、何があったか詰められたが上手く説明できず、しかしすぐにその派遣元の社長さんも同じように視線を浴びて連絡を絶った。二人で歩いてもやはり街中が二人を向いていた。

 結局、脳神経外科に運ばれたが、家にいるとゲーセン仲間が来てタクシーで心療内科に連れていかれ、お薬を出されたが飲まずにマンションで寝ていたと思う。何か月かが経過して、貯金が減って家賃滞納となり部屋の郵便受けに請求書が貯まって、母親が一度訪ねて来て、しかしまだまだわけが分からず、寝て、やがてマンションの寝床はあるが風呂や洗濯もしなくなり浮浪者のようになって部屋の貯金箱をひっくり返して電車賃として実家に帰った。それから親父と弟の3人同居ではあるが、それぞれ別室で独立して生活していたので、実家の周りでも不審者のような扱いを受けて(町の人は入れ替わっていたので、昔から知っている人は少ない)やがて警察から病院に連れていかれる。

 その意味では、ストIIXの日米戦の優勝が日本で報道されなかったのも、あるいはマスコミ関係の気遣いであったのかもしれない。それが終わって、変わらない日常の中から、大会優勝ではなく梅田でオシャレを通してあの事変となったのだ。

 それで今でも引きこもり同然だが、メシだけは買いに出る。裏路地を通って。だから生活の中心がテレビを見るかネットをするかで、ネットの自撮りには身長というのも大した意味を持たず、写真映りが重要なので、これからはカメラワークだなと思っている。

 ただ、ネットで目立つというのも強くならないと、SNSでの袋叩きにあって辞めた人をたくさん見てきた。なんでそいつのそんなことを知っていて晒せるのだと思うほど、執拗に陰湿に人の弱みが突かれて殺される。日々戦いなのだ。

 カッコつけることは、それはそれで怖いことで、カッコ悪くて歌もギターも下手で、見向きもされないから、敵対心もそこまで持たれない。けど、独身だし、勝っていかないと家庭も子供も残せず終わる。46歳、戦いは厳しいだろうなと今更に思う。

 しかしどうしてそんなに今更なのかというと、20代は監禁、30代は入院があった。その合間を縫って派遣で働いていたが、労働期間が短くて20代の借金もあったので、派遣は貧しいという噂になった。派遣は基本的に高給であったのに、だ。しかし噂は本当となり竹中平蔵で法律が新しくなり今も貧しい派遣社員の制度が出来た。

 給料は横並びでなくてはならず、新しいものは監視する市民より下でなくてはならない。厳しい社会だと思う。それは政治家で考えても、選挙で選ばれるので市民の監視は仕方のない事だろうとは思う。

 そんな中、適度なオシャレも目立つのは良いが、どんな街で目立つのが良いかというとそりゃ若いなら若い人の集まるところで、しかし46歳にもなると若い人の間に入ると何もしない方が目立つ。若い人の集まる場で若い人に溶け込めるかというと、そりゃ髪型や服装など、今までよりもずっと気を使わなければならないだろう。

 40歳、50歳に向けられて作られたテレビのバラエティを見て安心する。墓の中にテレビがあるような感覚になったりする。生きたい。カッコ良くなりたい。


🄫1999-2025 id:karmen