MTGに対する探求心も落ち着いてきた

 前回のレシピから何が変わったかというと6マナの警備隊長から5マナのAvenging Angle(復讐する天使)に入れ替えて、まあそれは多くのMTGプレイヤーから「俺もそうする」という賛同が得られるとは思うんだけど、ここまで来ると構築と言っても俺の持ち物に限りがあるのでリミテッド的な発想で、構築を突き詰めるために世の全てのカードを持ち物として考えるというような富豪MTGの発想には至らずハンパ感が残る。

 高校のTRPG界隈が三版くらいでMTGをやっていて、あの時に「そんなんビックリマンみたいなもんやろ」「違うって!やろうって!面白いって!」と言ったのを突っぱねたのは何処で売っているかも幾らなのかも面白いのかも何もかも拒絶することで解決していたが、そうさね、健全な人間って自分にとって不利益と判断すると突っぱねるよね。

 そこが何故か19歳でバイトでカネ貯めて貯めたカネの使い道がレトロゲーム収集と言う俺にMTGはそのゲーセン仲間の一味は元々もっと餓狼スペシャルくらいから団体さんで、何人かが就職で落ち着いてそのままならず者としてたむろっていたところに俺がゲーセン店員のバイトで大阪日本橋まで通勤して帰り際につるむことになって、その時は知らなかったけどMTGも勝ち逃げた奴らの負け組がしつこくて、相手を探していたのに捕まった感じで、そりゃ始めたばかりと何年かやってる人と途方もない差があって。

 その途方もない差に挑もうとしていることも俺は分からず、バイト代を崩して挑んだ。高校生の判断力で突っぱねたものを19歳でもう一度他の筋から誘われて乗るっての、そりゃゲーセンバイトって突っ立って掃除でそれで時給950円とかもらえたわけで、家でメシも出るし家賃も要らない生活で、カネのありがたみも分からず浮いた金としてパックをひと箱とか買えたんですよね。

 まあ、同じくらいのレベルで始めたわけではなく先からやっていて年も上でさらに親切というより老獪で、平たく言って騙されたわけだけど、そのへんが何処まで騙しでどこまで騙した本人も誰かに騙されて騙された心が本心となって教示しようと騙しが連鎖したのか、ちょっと分からない部分もあるけど、色々あったんですよ。

 そのへんが後々よく考えて解けて、だけどたどり着いた所が普通の確率とか小学生のような計算をコツコツするというところで、確率も不思議なものでサイコロで考えると6分の1でも6回振ったら1から6出るわけではなく1が6回出ることも6分の1x6分の5x6分の1で高校でもやったように良く解けたんだけど、カードで考えると60分の1のドロー率から始まって、60分の59x59分の1で60枚引ききったら目当てのカードは必ず引くということで、確率が減らずに分母の相殺で必ず60分の1のまま数列の極限まで行くのよね。これ分からないで60分の1やろ?2枚目は59分の1にならない?とかバカ同士でさんざ議論したわけですよ。

 それで議論で決着と言うと我の強いのが口調の強さで勝って、実際に勝負となると戦績でも俺がベスト8止まりで優勝はいるわけで、しぶしぶ優勝者の言葉に従っていると、それはそれで序列が出来て行って下を取ってくれる人もいるんだけど、地元の駄菓子屋ゲーセンも仕入れて、奈良から出ない組と大阪や京都まで遠征する組で押し問答になったのもストIIとかゲーセンなら台で見せられても、トレカになると自分の持ち物以外は見せられないから、千人トーナメントがどんなであったかというのは地域で分かってくれるのはひとりいるだけだった。

 まあそれでこうしてネットにブログ書いて何かになるかと言うとマインドストームやね。書き出してみると結局伝聞にしか興味のない耳中心の駄菓子屋の婆さんと目で見たものしか信じられないその駄菓子屋の常連と、あとは勘定の上での幾つかの誤解を一気に解こうとすると、その場に駄菓子屋の婆さんと藤田剛史と駄菓子屋の常連客を一同に集めて話して結局俺は駄菓子屋の婆さんを改めたいんだけど、藤田剛史が俺んちに遊びに来てくれたことが昔にあって、その足でキューピー堂に行くとみんな猫をかぶったように静かにして「藤田さんにきてもらったよ」「そうですか」でうつむいて、あとになってから「あんなん顔のよう似た人連れてきただけちゃうんか?」と片付けようとする婆さん。イライラしてくるわ。思いだして行くと。

 まあ、俺がネットに顔写真載せてから、街中に気のせいか分かってか他人の髪型や服装を意識するようになって、同じような服を着て同じような髪型してメガネかけたら似たようなメガネ、シャツを変えたらまた同じようなシャツというのに無性に腹が立ったりして、けどそれは俺の観察の粒度が引きになって、昔は人の顔ばっかり見てたから見間違いようなど無かったのが、服とか髪型で人を見ると、だんだん視線も合わさなくなり誰が誰か分からなくなっていくのはそういう目の使い方をするからですよね。

 不良でもばくち打ちでも集まってつるむからそこに俺の人となりを分かる人がいて仲間意識も持つっての、スーパーですれ違って無言でレジ打ちにカゴ渡して、週3とか通うと俺はレジのおばちゃん覚えてるけど、レジのおばちゃんもひと月くらい通うと順繰りに入れ替わって行くし、基本的に無関係に近い関係性で、もともとゲーム仲間と比べて店番の駄菓子屋の婆さんもコミュの外の人だったけど、人が減って来て話し相手に婆さんを混ぜるようになってから色々と気味の悪い思いや腹の立つことが増えた気がする。関わらなくなってからも、言われた事やされたことが気にかかって腹が立つ。

 ただまあ、スーパーに通うと婆さんもいくらでもいて、ひとりひとりの婆さんともし絡むようなことがあったらいちいち全部腹が立つんだとは思う。その意味ではスーパーに来る男として、ちょっと男の生活圏からは外れた生活だとも思う。

 その人間関係の無関係ながら互いに距離を取り別々に買い物してレジの番を待つ関係性から考え直すと、まあトレカゲームくらい単純なものであるが、30年以上続いていてそりゃ知らないカードもたくさんあろう。その点で専門家にも利はあろう。

 そのなかでも基本ルールは30年変わっていなくて、遊びつくされて噛み合わなかった議論がひとつの合意に至ったところで、しかしそれは俺が遅まきに到達しただけで先からやって到達して辞めた人も無数にいるんだろうなとあらためて思う。

 ストIIにしても対戦物で本当の考え方を発表してそれを叩き台に議論するなんてのは特殊なんだろう。分からないように難しく言うとか、ウソを教えて本質を隠す。それが勝負の普通だろう。共通して言えることは、その上でも勝負は避けた方が身のためということ。

 振り合えると、身を滅ぼすあと一歩のところくらいまで勝負事に賭けてしまったと思う。中には本当に勝負に勝って身を立てたものがいるようにも見えるが、それは見かけで既に彼の心身は限界にボロボロなのではないかと、アル中ニコ中の俺が言うでもないことだが。


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