こんにちは。ハンターランク1に成り下がったミヤザワキョウスケです。

今日の昼は親父がうどんを喰いたい、俺はマクドが良い、まあでも親父に合わせてコンビニのうどんにしようということになったのですが、今週王将ラーメンを食っていないのを思い出して「コンビニラーメンにしようか」と言ったのです。
しかしまあ、冷静に考えると徹夜続きで体調も悪く「俺もラーメンではなくうどんにしようか」と黙って親父は出て行きましたが、それは諦めで以前は「うどんかラーメンかどっちやねん」という風に揺れる俺に噛みつくことも多かったのです。
これ、何が揺れているか自己分析で考えると、まあ脳がもう病気なわけです。薬膳というか、医学から考えて消化に良いうどんを食べるべきであるという理性と、旨いもんとしてのこってりラーメンを食いたいという本能が両面から理性に訴えて来て判断をせまるわけです。栄養があって消化にもいい夢のラーメンうどんがあれば良いのですが、うどんにはうどんの栄養と薬効が、ラーメンにはラーメンの栄養と薬効があるわけです。
それでも病人が肉を食いたがって病気になってお医者さんに診てもらう、というのがもしかすると以前の普通だったのかもしれません。
ともすると、ハンターランクと共感性というものもそういうものかも知れません。ゲームをしてキャラクターが成長するのに伴って、自信を得たものには弱いものを笑うものがいるのです。もしかすると性格によっては弱いものを守るのかも知れませんが、守る強さが騎士道なら、そうではなく俺ら進学校で卒業の時に数学の先生が「アルジャーノンに花束を」という本を下さいました。
ラットの実験と俺らの世代の「教育」は似ています。人はそれぞれ違うけれど人間みな平等という建前が本当かウソか見極めるために同じ教育を与えて同じ人間になるか試されたのです。
もちろん、結果として皆違うわけですが、まだまだ世の中には平等や公平というかつては理想であった概念が労働者の不公平感を治めるための建前として残っています。
ITのほうが給料が高いとか、業種によって給料が違うというのは当たり前と言えば当たり前ですが、その平等が成り立たないとしても少なくとも同一賃金同一労働の原則は訴えられ、みながITになりたがる。芥川龍之介の蜘蛛の糸の地獄のように。
まあ、未来にはあるかもしれませんが、今のところ「ラーメンみたいにおいしいうどんが食いたい」という病人の訴えだと思っておいて下さい。