無益な争いだが争いこそが今までの人生だった

 俺がPS2のガンダム連ジとアーマードコアネクサスを買ったのには、バーチャロンを流行期に出来ず次なる土俵に先回りしようとしたからだが、そこでの勝ち負けというのは特に俺の人生に経験となっていない。いや何らかの経験ではあると思うのだが、新しく出たゲームを買って存分に練習して勝ったわけで、普通の何のことは無い勝利だ。

 ではそれ以外に何があるかというと、信じられないような敗戦と果てしない勝負がストリートファイターIIの世界にはあったのである。人生訓として勝負事は避けなければならない、けどダメと言われるとやってみたくなる。その骨の髄まで迫ったところで、やっぱやめておくのは正解なのだろうなと今更に思うのであるが、もしかしたら肉食とかエッチなこととか勝負事がそれはそれで人生の旨味ではあるのかもしれないとも。

 そんでまあ、この1週間はPS2のバーチャロンマーズに挑戦したわけで、類似ジャンルのガンダム連ジとアーマードコアよりバーチャロンマーズのほうが好成績である。

 そこで終われば良いものを、何故にそこまで突き詰めたというと、ひとつに退屈があっただろう。十分に幸せな人生を他者と共有することを考えず「我が子こそ」という親同士の競争に子供が出馬する受験戦争。その中で既に上は諦めながらも、勉強というすることを脇にどけてゲーセンでのストIIにムキになった。それはそれで両親は止めていなかったと思う。好きなことをすればいいという部分と親父の思い通りでないといけない部分をすり合わせ「高卒くらいはするから」ということで最低限の勉強を条件にゲームはして、国技館’93では親と教職員も公認で東京までの交通費も出してもらえた。

 ただ、そこですべて終わりにすることなど、俺には出来なかった。目が覚めたように勉強をして受験に追いつこうとしたが、それが叶わず19でゲーセンバイトとなった。近所のアイオーと大阪日本橋のアルファビームを掛け持ちして、電気街のガラクタ市でゲーム機やらカセットやらを集める変な趣味もあったが、その頃に日本橋にはゲームセンターが何軒もあり、店番同士で他の店の客をして合法的なサクラ賭博をしていた。

 その生活は長くは続かず自分の店の他のバイトに罠にハメられて退職に追い込まれるわけだが、それは他店のゲーム仲間もそうで長くは続かなかった。そういう商売がアリなら、ということでUFOキャッチャーにAVなどのアダルト商品や景品表示法違反で高価なたまごっちを入れる判断に社長が踏み切って止められなかったこともある。

 それからもういちど専門学校に進んで勉強をやり直すわけだが、これもまあまあ上手く行ってすぐに国家試験に通り就職もあったわけだが、安月給とキツイ残業ですぐやめて、小遣いを使い果たしてから派遣の仕事を見つけてきた。この仕事も今から考えると結構うまくやれていたと思う。

 だが、その上手く行っている人生に対してその時にはその良さが分からず、どうしても勝負の世界から逃げ切ることが出来なかった。

 そこからまだ米遠征などの武勇伝もあるわけだが、今俺が思っているのは「今ならもう逃げ切れるんじゃないか」ということ。バーチャロンを練習して、どっかの大会とかゲーセンに猛者を求めて行かなくても、もうAIにも勝ったし十分じゃないかと。

 争わなくても何らか生きてゆく道はある。それだけでも良いじゃないか。

 振り返れば無益な争いではあったが、今までの俺の人生を振り返ると何か勝負軸を決めてそれを人と競って勝つことくらいしか楽しみの見出し方が分からなかったんだ。

 まあ単純なのは勝ち負けとお金だよね。全財産をゲーム対戦に使うなら勝ち負けと勝敗は同じになるかもだけど、連戦連敗でお金をどれだけでも使ってしまうのではなく、1回の勝負で100円でそれで負けたとして、負けを認めて100円でやめておいてゲーム機を買って練習してまた挑むというのはひとつ。そのうちゲーセンでのひと勝負すらせずにゲーム機だけで満足してしまう。それが出来るのはゲームで勝つ以外にもお金を何とかする道はあって、それでちゃんとおいしいご飯を食べられること。

 つまらない話だと思われるかもだけど、ゲーム大会の賞金くらいなら別の方法でも貯められる。もちろん宝くじのように掛け金も配当もどんどん上がって、手が届かなくなるケースもあって、昨今のゲーム賞金は高額になっているけど、それはその分取るのも困難になっていて、それを避けてお金を稼ぐというのも、避けたら避けたで別の仕事にも経済競争原理が働けば何らかの競争には晒されるわけで、たまたま俺が勝てたとか、楽に感じただけで、ゲームが性に合っていて楽しく遊んでいたら勝ってしまった人にしたらゲームを避けるとか勝負を避けるという事が人生訓足り得ないかも知れない。

 まあ、それでも無益な争いではなく益を求めての争いには勝ち負けがそのまま損得ではなく、得の大小であって得の大小で小さくて不服でも、小さい得でも得は得と思って続けられるのが、今まで損得のシーソーゲームの土俵にいたからだと思うんだ。

 その意味でも、自分の得が丸々誰かの損になるような勝負の仕方は避けるべきというのが株式とかでも市場がゼロサムになるケースはそうなので、判断に迷う。まあ買ってしまったものは売らないで、新しいものは買い控えになる。買い替えは手数料がかかって証券会社の丸得、保有はすなわち自分がその会社の社員で仕事という事。売却は敵対、購入はそれはそれで商売を手広く広げるという事で、押し競まんじゅうの中で自分を大きくすることが本当に有利なのかという事も考えないといけない。

 その意味では今後はスリム化も併せて考えていこうと思います。まあ、勝負事で辛抱することが当然で主軸になっていて、辛抱が当たり前だと思って安い仕事が出来ているだけで、戦うならば大きな得を出してこそと大勝負に出る人の気持ちもわからなくは無いけど、俺はガンガン行くのではなく相手のダウンに飛び道具重ねて逃げる感じの戦い方です。


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