いよいよ年の瀬、NHK朝ドラ「おむすび」と大河ドラマ「光る君へ」の総集編を見て今年もたくさんテレビを見たなぁと。いや考えたら子供の頃はテレビっ子でしたし、中高あたりがおかしかった。学校で勉強、家に帰っても少なくとも勉強部屋に閉じ込められ、テレビが無いからゲーセン通ったりゲームボーイを隠して遊んだりしていただけで、その頃はバブルで年食ってから出来た同年代の友達に「あー、俺らその頃中森明菜とか見てましたよ」と聞いたのを再放送で見て中森明菜が歌を止めてMCするとアッキーナになることを後から分かったクチです。
いやブログがゲームの話中心なのでゲーム三昧かと言うと、ゲームは1日1時間を基本的に守れる性質で、いや小学校の時はね、ドラクエとか特に1日8時間以上平気でやったこともありますよ。でもそれって、ドラクエ手にしてクリアまでぶっ通しで3日間学校はちゃんと行って放課後から寝るまでずっとくらいなものでして。いやでもストIIIとかの時もやってたね。1日8時間とか。KOF98とかもネオジオ買ってずっとやってた。そんな俺の頭は半分くらいゲームで出来ていて、ひどい時とか朝起きて通勤電車に乗るJRまでの道を歩きながら、視界の半分くらいゲーム画面が浮かんでガイルがソニックブームを打ってケンが波動拳で相殺して大パンチの裏拳パシーンってのをイメトレしたりもしてましたね。テレビで言うとダウンタウンの番組に宇多田ヒカルが出て「最近ゲームにハマってて寝る前にぷよぷよが落ちて来る~」みたいなアホ頭です。
それは今でもゲームを1時間にしても、タバコ1日1箱20本5分で100分だから2時間くらいはタバコ吸ってぼっとしてて、その何割かはゲームの事を考えているし、こうしてゲームブログを書くのにも時間使うし、書くこと考えるのもそうだし、だいたい生きている意味からして楽しいことのひとつとしてゲームとそれにまつわる考え事な人間です。
でもま、してない時何しているかと言うとテレビ見てSNS見て、んで読書とか勉強をもう一回頑張ろうとしていた時もあるのですが、それも最近疲れるだけでやめました。プログラミングとか音楽とか絵描くのもほとんどしなくなりました。それでも取り組みとしてプログラミングや情報工学をいちどは学んで、将棋とかもプログラムみたいに考えて昇級して飽きて辞めたし、楽器も弾き語りが形になって動画に収めて辞めたし、絵もゲーム画面をブログに貼ったりしているのと俺が書いたものをブログで公開するの読者様には区別の仕様が無いかもだけどお断りを入れてアップして残るのは残るのだろうけどほとんどアクセス状況としては俺の絵に興味ある人などいないという理由で辞めました。でもこのブログだけは惰性で続けてます。楽しいからやってる。
んでまあ、意味あるか無いのか日記を付けるよりはスケジュール帳を使ってやりたいことを先に詰めて、余った欄にその日の事を書くのが効率良いという話を信じてスケジュール帳も3年分埋まったわけです。考えたら3年前のスケジュール帳と言うと取り留めもなくバカでしたが、1年付けてみて相応に自分が何かするのにどれくらいの時間がかかるかとか、長期に取り組もうとしたことはだいたい目標達成して終わっているのもその成果だとは思います。
まとめるまでも無いかもですが、ギターの弾き語り今年はミスチル「名もなき詩」スピッツ「春の歌」とGLAY「Winter,again」を宅録して、将棋ベーシック改を改造して(大会には出られなかったけど)VBでポリゴンを描くエンジンを作り、ドラクエの企画をOSSで作りながら動画にしてSNSで流し、鉄拳5でブライアン鉄拳王になり、アクロイド殺しを読了して、部屋も片付けて、カプエス2もだいぶやりました。
だけど正直言ってこのスケージュール帳の呪縛で自分を「何かしなきゃ」に追い込んで自分を苦しめえているだけな気もして、過去には「受験勉強をやりなおせ!」と強弁していた和田秀樹先生が自ら「もうちょっと雑に生きてみないか」という本を新刊として出されていることなども知り、そうさねしんどかったよねと。
んで今年の9月末までは「やったことを誇れるような何か」をしてそれをした日を黄色の蛍光ペンでマークして進捗を計ってたんですが、10月からやめました。それから12月は風邪で1週間以上ぼーっとしたし、スケジュールに休みがなさすぎることにも気付き、といっても通勤のようなオンは殆ど無く在宅で何かするスケジュールばかりなんですが、2025年も新しいスケジュール帳は買ってあって1月には通院とか免許講習とか既にスケジュールが入っていますが、もうちょっとスカスカでも大丈夫じゃないのかと。
昨日のカプエス2のブロッキングPグルーヴのテリー・草薙京・八神庵2でなんか長期の取り組みとしてやり切った感はあったんですよね。それはギターだとGLAYのWinter,againでもやり切った感はあったわけで、それから今年は46歳でしたが、年を取って閉じてゆく人生を考えたとき、振り返った今までが人生で青春であって、あとはまあ生きながらえて人生の内でも余生みたいになっていくんちゃうかと。青春を2回楽しんだというか、男子校で進学校で無かったかのような青春をギターを弾いて取り返したような30代40代であって、いい加減もう大丈夫。十分やったと。
その意味で2025年のスケジュール帳は今年の末で通院と免許のぞいたらまっさらなわけです。やりたことが詰まっていない、まっさらのスケジュールは俺には重すぎて、まあテレビでも見ていたらテレビ局が新しい楽しい番組を見せてくれるだろうみたいな。受動的になって行ってますよね。SNSなんかも見ていたら面白いネタ飛び込んでくるし。
まあ、まだ明日と明後日もありますし、今日の話はここらへんで。なんかいつの間にか3年も経ったんやなって思うから、3冊分のスケジュールをもういちど読み直してみようかと思ってもいます。3年前のはまるで散文でその時どんなこと考えてメモしたのかも分からないような単語の羅列で、それと比べたら最近はバカみたいだけど少なくとも意味は分かるのはただ年月が近いからなのか、メモが上手くなったのか。
ブログ書いてるのも、はてなの「関連記事」機能でそのうち勝手に整理されるだろうと思って割かし思いつくままに書いてきたので昨今のAIの活躍でそれはほぼ他力本願的な部分はあれ成果が出ていて、だけど原本である記事がもっと上手く書けたらってのはあるんですよね。
ストIIは弾ジャンケン、足払い戦、投げハメでほぼ考え方として整理されていて、分かるんだけど、ストIII3rdをもっと研究して上手くなりたいとも思っていて。あとバーチャロンも買ったね。これは5日でCPU相手に10-0して得心した。
ここまで書いておいて何だけど、ゲームで自分が勝つ側になったら「秘するが花」みたいなとこもあるのかなとも思っている。格闘ゲームとかアクション要素の鍛錬がいるから、そうはならないと思うけどテーブルゲーム系はAIが全部解いちゃうんじゃないかって心配されていた時もあるけど、将棋AIがそうであるように数理的に解かれたとしてもその数理が難しくちょっと読んだだけでは意味が分からないって落としどころになるとは思ってる。ストIIの弾ジャンケンの確率的均衡とかも最初書いた時は反発があって誰も腑に落ちない感じだけど、いつの間にか理解してもらっていると思うようになったのは、俺がその考え方を何度も反芻したから自分だけそう思ってんのか、ホントにみんな分かって考え方のひとつとして取り入れてくれてんのか、正直分からない。
その意味でストIII3rdの「打撃のインパクトの瞬間をずらす」みたいのも分かりにくい概念だけど、まずストII的な足払い戦があって、いちばん効くタイミングにブロ仕込んで、その後に長い技ではなくフレーム有利技を「仕方ないから」な感じで出すそれは滅多にブロられないみたいな、まあ独特の間合いがあって上手く書ければと。
それは俺はストIII3rdの対戦はもうしてなくて、でも時々考えて、動画観戦はチョットして、カプエス2のPグルーブでやってみようとして、んで十分勝っている。技のタイミングがストII的ではないから気持ち悪かったけど、サードじゃこの動きが正しいみたいな。それは当然カプエス2のPグルでも技性能自体がサードとカプエス2じゃチョット違うから、また独特な間合いになっていて。
それって理屈を分からないと、ビデオで動画観戦して真似ようにも仕込みブロが入っていることを分からないとただの間の抜けた気持ちの悪い技出しになるだけの話であって、負け役がブロられてくれるとそれはブロッキングとして映像的にも分かるんだけど、ストIIのウメ波動ウメ昇龍みたく「八百長で飛ばなかったり技出したりしているだけでは?」みたいな疑義からは抜け出せないものだと思うんだよな。
まあ、大衆とか視聴者には分からなくても自分で強くなったと思える方向に勝手に進化してやろうかみたいな余力がちょっと出て来てます。そしてモノになった暁には、ちゃんと実績の付いた段階でテクニックとして披露と解説が出来たらと。
まだもうちょっと上手くなれるよなってのが希望としてある良い状態だと思います。
