人工知能アーティフィカルインテリジェンスの前にですよ、コンピュータは日本語では計算機ですが中国語では電脳なわけでして、何とも陳腐な話ですが現代の科学で人工知能的なものを考えるのは勝手ですが、実際に作るとなるとまず原理的にはノイマン式コンピュータを使うことになるわけでして、そして論理や数理といったいわゆる合理的な考え方というやつはもれなく計算機科学で出来るわけでして、合理よりも感情や直感と言う人間味を計算機に求めて模倣することの意味はヒューマニズムへの回帰です。
いや昨日はバーチャファイター4の小覇王ジャッキーVS十段ジェフリーの試合を録画したのをSNSにアップしたついで、ずっと見ていたんです。ジャッキーのプレイヤーは名前がナポリタンですが正体は俺で相手のジェフリーはPS2のコンピュータ。対戦ゲームAIの研究とか言ってPS2で遊んでいるだけじゃねーかと言われるとハイスイマセンとSNSにはアリカの三原さんとかも同じ頃にVFの動画を投稿されていてたまたまなのか何なのか、少なくともゲーム会社の商品としてはお客さんに負けるように作られているわけでして、ゲームがプレイヤーとAIで対等のキャラを動かすという企画からして、当然自分も相手も同じことをして最低でも五分になるゲーム性なわけですよ。
それでまあ、俺は中二の頃から小学校みたいな頭のどこかが治んねぇで、勝負して勝って喜ぶ回路が出来上がっていて、まあでも大体のゲームは格闘技じゃなくてRPGでも何でも敵が出てきたら戦って勝って終わるように出来てんですよ。強くなって打ち勝った先にハッピーエンドがあるのがオーソドックスで。
んで、自分のゲーム攻略も今は勝って喜ぶ回路を中心に勝つこと考えていると勝てるようにはなったんですが、じゃあ以前はどうしてそうならなかったかと言うと、ゲーム友達ってヤツらがいて、人付き合いとしての側面もあってやってたんですよ。そこをゲームで勝つことに集中できるようになったのは商売っ気なしで集中できる環境を作ってもらったおかげでゲームを生業としていたら本当は出来なかったかもしれないです。
特に他のプロから見ても俺のストIII3rdの勝ち方と言うと、3ラウンド先取で2本先取していて自分体力たくさんあって相手半分くらいのシチュエーションでも中足払い鳳翼扇をブルルンブルルンバン!と決めて勝ってしまう。これゲーセン側ではなく他のプロでも「そこは3本制だから2本取らせるとかせめて体力制でもうちょっと減らされてからとか・・・」結構経ってから後日談としてなんですけど、ゲーセンでカネ入れてもらって初めて連勝があるってことで中二くらいの方がかえってそういう考え出来ましたよね。でもあの頃(20~25歳くらい)から「勝つことばっか」で来てましたから。
そういう目でバーチャ4のビデオでも自分のとプロの見比べたら、自分のジャッキーは勝つ時は本当に楽勝で勝っていて、負けるときは素直に負ける。でもプロで有名な人って、本当にギリギリの名勝負をして最後には立っているという試合が多いんです。どれかが名勝負で、勝率を稼ぐような動画にならない試合があるのかないのかまでは分かりませんが、撮られて映っている範囲では強い人は名勝負なんですよ。
これはもう、結構単純なヒューマニズムで拮抗とか首の皮一枚のハラハラとか、そういうものを試合で演出した上で結果も付いて来ている。AIアートがチョット流行ってすぐ廃れましたけど、アートでも特に絵画は画家の表現が見る人の心を揺さぶってナンボと言うか、建築みたいに建ってたら偉いみたいな厳然とした物体存在ではなく、人間の視覚に訴えて感情を動かしてナンボと言うヒューマニズムの一環だと思うんです。
だから、格闘ゲームの大会なんてのもそれをゲームの試合形式で表現出来たものが視聴者にちゃんと狙い通りウケている。俺はまだ勝つばっかりで狙えるところまで来ていないのだなと分かって来たんです。

うーん、だからなに?って所にピントの合わない与太話ではあるんですが、ブログ人工知能と題している割にAIの落としどころは合理であって人文的なものの方が難解にもつれて面白いのかもな、自分の考えは割とスッキリして生きたけどそれは単純さや簡明さに帰着した諸刃の剣のような思考法かも知れんなと思って実は晩飯の時に缶ビールを1本飲んでから続き書いています。素面で書き進めたのとどこで酒入って続き書いたか見分けがつくかな?