消費者という暗黙的商習慣の崩壊

 今日は警察署まで親父のクルマで送ってもらって免許の更新という「免許あるんやったらクルマで行かんかい!」と突っ込まれそうですが、諸般の事情でそうなりました。

 今では「かもしれない運転」とされる、俺の習った時では「認知、判断、動作」みたいな運転の基礎は実はバーチャルなゲームの世界でも画面に予兆が出てそれを読み取れるかという所で結果は大きく変わります。グラディウスのザブのようにワープして突然出現する敵はともかく、縦シューなら自機下にいると敵上から、右横シューなら自機左にいると敵右からが原則で、そんで画面に出た敵が見える弾を撃ってきて避けるわけでして。そのへんは格闘ゲームでも技にモーションがあったりしますが、ストIIリュウの大足払いは一瞬で出て隙大き目、投げ技も1フレでボタン押した次のコマではもう掴みますよね。アレが面白いんだよって人もいれば、ストIII3rdみたいに技に前触れがあってブロッキングがあって投げがグラップ出来る、あの後手対応を完璧にして守って行くゲーム性が面白い人も当然いて好き嫌いの分かれるところではありますが。

 にしても、どちらにつけゲーセン行って座ってる兄ちゃんがいて100円で対戦申し込んでこっちが勝ったらリアルにケンカを売られるみたいな危険な行為が「普通の遊び」になっている時点で、もう既に世間とは相当に人付き合いの何たるかに付けギャップが埋まらないくらいあると思いますよね。

 そう、俺にとってはそれが「普通の事」だったんです。例えばコンビニでおにぎりが最近150円くらいしますけど、そういう普通。母の田舎のコメ農家などではコンビニにおにぎりQが並びだした頃に「へー、握り飯100円もすんのか!あんなもんタダちゃうんか?」と驚いていましたが、ブログで100円のおにぎりを米価で考えると5円くらいであとは工場での製造と運送料で原価が上がって儲けは何割とこう出していくと、ひょっとして農家の米価安すぎないかという波紋を呼び、昨今の値上げの遠因となったと思います。

 するってーと、ゲーセンで勝っても負けても100円損のストリートファイターの対戦を何故するかというところになると、原初にはインベーダー、ゼビウスグラディウスなどのループゲームでゲーム上手くなったら100円で1日遊べるというのがあったとして、俺が5~6歳には既に家にファミコンがあってタダで遊べたわけですが、ゲーセンに行くと新作ゲームが置いてあって、ファミコンより画面の色数やら音質がググっと良くて迫力があったわけです。のめり込みたいけど、お小遣いが無い。100円で遊んで負けて我慢の日々でした。

 ストリートファイターIIもその中のひとつで、正直言うと最初はそこまで興味があったわけではないけど、やってみるとのめり込み、そして友達グループでいちばん勝ってまあ木登りしたわけですよ。それで友達が皆飽きても、よそのゲーセンにふらっと行って台にコインを入れると対戦で勝てる勝てる。それが反対側の台に幾ら入っているか考えないで、少なくとも自分の側は勝ち続ければインベーダーゼビウスグラディウスの上手い人のように俺にも100円でずっと遊べるゲームが出来た!こう思ったわけです。

 しかしまあ、現実としては1日100円でもひと月で3000円、スーファミのカセットが9800円で手が出ないとしても、毎日の百円を3月ちょっと貯めれば良いのですが、その辛抱が出来ない上に100円どころか負けることもあり300円以上使って借金までして次の日に親からもらう学食代をケチって返し、もう最後の方はカネの無心でしたよね。バクチにハマっちまったわけです。麻雀に誘われて3万円の借金を言い渡され、家からカネを取ってこいみたいな事件もありました。

 それと比べたら、ストIII3rdの発売日には40連勝をするわけですが、勝って強いと木登りすると負けたときに引けなくなる。最初は勝たせるばくち打ちの罠だったかもしれませんよね。かなりズルズル行きました。

 まあ、そんなこんなは繁華街の何処にもお金をもらえる場所は無くて、訪れた人が勝って帰るのが当たり前と言う消費者意識の結界が張られた世界線で生きているからです。仕事っちゃ学校出てたら会社勤めか何かでお給料として出ていて、自分が客からカネ取って生きているという感覚の欠如した事務仕事みたいな組織の中にいる。

 もちろん、それは俺の仕事が資格持ちの公務員でその感覚俺だけだったかもだけど、周りを見ても、まあ会社からカネもらって買えば済むみたいな価値観の人ばかり。

 これが経済という社会的欺瞞なんですよね。

 それは俺も今もその世界から出ることなく、そうして生きている。収入があれば支出を抑えて生活出来て、浮いたお金でPS2で遊んでいればゲーセンで100円払わなくて済むみたいな、けど「何のためにゲームするの?」と問うと、テレビに比べてファミコンがショックだったわけで、ファミコンよりゲーセンがショックで、それで次世代機が出て、型遅れになったPS2で今も遊んでいるって感動とか無いでしょというと多分無い。

 そうですその通り、家にファミコンがあって、田舎の親戚が珍しいものを見せてやろうとカセットビジョンを遊ばせてくれて、ファミコンのドット以上に荒い解像度でカクカクの世界で「なんでこんなもんで遊んでいるんだろう」と子供ながら不思議で。

 けどまあ、出た時を思い返すとスゲーのめり込んで遊んだものよな。昔には戻れないけどさ。PS2のバーチャ4以降はもう新しいゲーム機出てもそんなにびっくりしなくなったよね。いやXBOXの日本上陸は祭りで勝ったけど、XBOX360の頃はシャープに勤めてて仕事仲間からノルマみたいなもんで買うべきであると諭されて買った気が。

 それで今日は昼飯のカツ丼にツナマヨの入ったパンを足して、その98円とかで実質大盛より栄養価が高くなるわけで、そういう銭勘定してたらゲーム機なんて高くて手が出ないよ。過去に出したからそれで遊んでいるだけで。パソコンも使うけど買い替えなくても動くなら、壊れるまで使ってから次に行きたいのにアップグレードとかサービス終了で買い替えさせられると騙された気分にもなるさね。

 ああ、スーファミの頃に戻りたいってなって、今も実は家にあるのよスーファミ

 新しいゲーム機欲しいかというと、自堕落な感じだけどSNSとかで動画見て後はテレビで充分で映画とか趣味の人見るとカネモだなと思うけど、別に映画代が無いわけでもなく、守銭奴として貯めてそのカネ何に使うのと考えると現金でハイスコアやってるだけのようなシューターの残党なのであります。もうちょっと豊かな価値観を持ちたい。

 けどそのためには消費に回すお金を増やして貯蓄割合は低く抑えることになるジレンマを抱えて収入頭打ちの退屈な人生観で持って47歳を生きているのであります。


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