戦争がどうしていけないか良く分かるテレビを見た

 朝からNHKプロジェクトXゴジラー1.0を見て、コンピュータ将棋電竜戦が気になりながらプログラムの改良を考えていたけど、昼過ぎくらいからまたテレビを付けると映像の世紀で戦争特集をやっており、日本の太平洋戦争とはスケール感が全然違う列強の戦争を想像するようになった。日本で人の多い所というと東京だけど、俺の見た東京はビルの立ち並ぶ都会で交差点や横断歩道に人がたくさんいるが、それと震災などを併せて考えて阿鼻叫喚の図を想像することは出来るんだけど、欧米の広い所に群衆が集まって、それは前近代的な軍隊であって革命とか何かの目的を持って敵陣に向かおうとするんだけど、それが近代兵器の前にあまりに無力で人がゴミのように死んでゆく。

 「あー、無駄なんだな」と。原水爆でも言われていることだけど、まあ俺はゲームのし過ぎで戦闘機の戦いとか戦艦ゲームとか大戦略とかファミコンウォーズとかまあ戦争ゲームは本当に色々遊んできて、兵器対兵器を想像するんだけど、兵器のない群衆が兵器を前にした時の無力感から軍備をするべきだみたいな論法でカネを集めて軍人が遊ぶの、それを市民が許せなくて革命しても兵器の前には無力と思わせるプロパガンダの可能性だってあって、実際にロシアでは革命は成功したって事が締めくくりになってるけど。天安門とかも実際のところどうなんだろうね。

 まあ、それ以上は今考えても分からない事だし、テレビつけっぱなしにしてたらマジックショーやってて今はそれ流しながら書いてんだけど。

 それ以前に俺は自活能力それ自体に問題のある人間なので人の助けが無いと生きられないわけで、それでも米国に行ってゲーム大会して日本に帰って来ているのでまあ人の良さとかで考えて戦争はもう終わって米国人も良い人よみたくワールドワイドに考えてた時もあったけど、怖いのって日本人の方だったりするのよね。厳しい自然のなかで生き抜くために人間同士が連帯しているケースと違って、日本は人口密度が高くて地方都市くらいでも騙し合いの世の中だったりするよね。それ以上は言わんし、騙されるのは騙し取られるカネを持っているからだろうし、騙し取られないように大事にしてたら不況の時に強盗殺人される動機たらんとなるくらいの大金は持つべきではないというか。

 古都奈良ってか俺の住んでいるのは旧城下町なんだけど、スーパー以外の商店で買えるもので俺の欲しいものはほとんどなく、それは興味のあるなし生活的需要のあるなしで、いや最近は車かバスでイオンモールに行けるから何なり買うものはあるんだろうけど、それでもパソコンスマホはあるしギターと鍵盤もあるしテレビとゲーム機もあってマンガも置き場に困るくらい積んで物置も歩けるスキマはあるけどデジタルガラクタと古雑誌とかで一杯。そしてその古雑誌で俺が学んだものというとデジタルガラクタについてなので、いい加減にデジモノ好きと言っても嫌気がさしているのよね。

 んでそのデジモノは何のためのものかもう一度考え直すと、ゲームとその一部は戦争モノ軍事シミュレータとして存在してきたと思うんよ。あとは格闘ゲームというバーチャルケンカの特殊な世界と、珍品と、ときメモなど恋愛疑似体験にAVとか。外に出ると敵が出来るのでおうちで疑似体験するためのデジモノと、ゲームウォッチゲームボーイからDSにスマホまで持ち歩けるデジタル。

 対して前近代の戦争というと情報が無くて実際に現地に何があるか行って見て大変なことになった人、人、人。そうるとどういう因果か俺はまだ生きていて、デジモノ情報機器群は俺の生きる力にはなってくれて来たのかもしれない。日本が安全だってのもあると思う。先に書いたように俺には多分自活能力は無い。生かされて生きている。

 そうすると経済社会で他人の欲しがるものを作って売って食えているかというと、公金もらって生きているだけで民業で暮らしている人からすると敵なんだけど、その敵意が本当に銃殺とかになったらとっくに死んでいて、法と秩序に守られて敵意が仕事の張り合いになって面倒見てもらって生きているんだよ。

 ああ、ゲーマー、ゲームクリエイター、間違ってもプログラマに真っ当なんてものはなくせいぜいがレジか公金の機械化。それでもムカつくあん畜生はグーで殴ると犯罪で賭博スレスレのところでデジタル世界で殴り合いして殴り殴られ生きてきたんです。

 そうさね、コンピュータ将棋は一斉対決ではなく下位から順番にやるらしくそろそろ決勝の時間が来ているかも。ちょっと見てみよう。水匠1位Ari2位いろは3位ですね。終わってましたお疲れ様です。第一回は参戦させてもらいましたが自動対局プログラムが組めてなくて、参加すると対局ごとに自室マシンに張り付いて時計見て2日間しんどかったんですよね。そして将棋に関して俺自身がトーシローで強くするって言っても自分の棋力が知れているので。だから自分よりコンピュータが強くなったらもはや水晶玉占いみたいだなと。それに言語もインタプリタ言語のVBやしなぁ。SNSで変な人に絡まれてインタプリタ言語が遅いわけではないみたいな解説されたんやけど、じゃあ実際にVBのコードを速いアセンブラコンパイル出来るソフトつまりコンパイラは実存するのかというと多分絡んできたのが空論を振り回す変な人であって、俺は俺の限界値までやったんちゃうかと。そこ、自分で自分の背中はまだ押せるんやけど、空気的にはお疲れさんだと読み取っています。観戦側で楽しませてもらってます。

 生成系AIも使えるようになったんやけど、それで探索について尋ねても結局はDBのデータマイニングの手法が出て来るだけで、将棋ベーシックの手生成は列挙して進めて戻してだから、手生成の列挙から配列以外のデータ構造にして、んで全局面を探索したかったら結局二分探索みたいな枝狩りは将棋盤の探索には応用不可能で、機械学習で事前計算するときに待ち時間を我慢すれば定跡が出来て定跡なら一瞬で指せて、奏さんのポストで「今の将棋は9割定跡」というのを見たんやけど、じゃあ残りの1割はページフォルトでの負け確か、もしくは何らかの非定跡思考部があって、それを持ち時間で指すとなるとスペック勝負なんだけど、そう、今回はハードウェア統一戦ではなかったかと。

 んー、戦争の事を書こうとしたけど今日の大半は将棋の事で頭をいっぱいにしちゃったぞ!そう、軍議でしたっけ、将棋も戦国時代には軍事シミュレーションとして楽しまれたというか、それで軍人さんが楽しんで戦争に気を回さなかったら日本って島国なわけで内政的には平和なのよね。

 でもまあ、黒船来航とか真珠湾とか色々あったやん、みたいな。石破さんとトランプさんの会談もあったね今日。外国から見て利のある国でないと国際社会で厳しく、利のために国民がフル稼働になるとそれは属国とか植民地というやつであって、国際社会で対等になって市民が政府主導ではなく自立すればその範囲で趣味を楽しむことを政府が規制することはしないってのが健全だとも思うんですけどね。たとえゲームでも。それを自由民権運動と昔の人は呼んだらしい。今日はこの辺で。

 


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