クリエイティブとディレクターズカットの対立

 西暦2025年47歳にしてSNS系生成AIに自分は何者か問うと「ゲームクリエイター」と答えてもらえる程度には、まあクリエイティブしているわけですが。

 確かに8ビットのファミコンからスーファミくらいまではクリエイティブがゲーム作りの中核だったとは思うし、俺の目指しているゴールもその辺りにあったわけです。

 しかしプレステ以降はクリエイティブよりテクノロジー要素も色濃くなってきて、さらに昨今の大規模開発では容量いっぱいにデータを詰めるのは当たり前として、のっぺり薄い体験をギュッと濃ゆく煮詰めるためにディレクターズカットという作業が入るようです。全部乗せ大容量がお得かというと、遊ぶ人にもそこまで暇はねぇと。

 つまるところウェブで文章を読みたければ青空文庫やブログになろう系で幾らでも読めるわけですが、三行にまとめられたものが重宝されて、三行の文言を互いに投稿するXというSNSが最近のトレンドです。ちょっと古いかもだけど、まだまだ流行ってます。

 同じようにゲームもシェイプアップが求められ、大容量化して山盛りゲームに食べ飽きたお客さんのためにひと口のデザートが求められた末に、最初からちょっと食い足りない感のあるファミコンスーファミメガドラ、PCエンジンあたりの懐かしゲームが丁度良くて、それを最新機種でやるために高価なハードとネット回線利用料が必要になってくると、ただの懐古というレトロゲーム志向ではなく必要十分ではないかと。

 そのへんまで踏まえて、俺はまだまだクリエイティブ志向で道半ば、容量いっぱいに詰めてから削る作業に入る前の作り足す段階だなと思っておるわけです。

 何のために削るのかというと年相応に体験が増えて行くわけだけど、他者説明性に於いて、伝えたいものを要約しないと手に取ってもらえないメディア特有の競争の中での方法論であって、実はそういうポジショニングを狙わないで、密な関係にある人と「アレも良かったこれも良かったいっぱい一緒にあそんだネー」をしているだけで満足。

 そうすると現代的にはバーチャルコンソールなどで遊び放題のゲームを「これはカット」という判断を下すのは実はお客様であるプレイヤーであって、ディレクターという職業も今としては古味を帯び始め、けど例えばNHKオンデマンドでいつでもどの番組でも見られたらテレビ放送は無くなるかというと、生中継とか「今」を見る要望のためのテレビは情報源として必要だし、例えば俺の守備範囲に強引に持っていくとストリートファイターIIとか餓狼伝説スペシャルでも、いつかの極まった名勝負ではなく今のトレンドは人が集まっている以上刷新されているわけで。

 それで俺は昨日メタルギアソリッド2を何度も遊んで、あのゲームデザインはまず映画を作って、そのシーンごとに障壁を用意して越せるまで先が見られない古典的アーケードに近いゲームデザイン。それでいて単なる反復練習ではなく、進め方にも幅があるところもあって、10代とかにメタルギアソリッド2を遊んだ人のポストをSNSで見っけたりしていた。XBOXの最新作にはスターウォーズハリーポッターのゲームもあり、映画の2時間でカットされた細かい部分も全部乗せが実は今のAAAゲームの中心でその暇がない人にしてみたらインストールやダウンロードの遊ぶ前の準備もすごく長い。

 この問題、実はプレステサターンの頃から俺は起動時間も待てず電源入れたらポンと遊べる16ビット機のファンだったのよね。

 ならばそれはそれでゲームボーイの起動のロゴ出て「ピコーン」くらいの待ち時間で遊べるゲーム機があったらそれはそれで勝てねぇかと思うんだけど、誰もがスマホを持っている現在に於いてポケットのスマホからタップひとつで起動できるゲームが強いのも当然の帰結で、スマホ向けに大作RPG開発してたの、誰でしたっけという話に。

 その大作RPGってやつも俺が10代の時には世代の共通体験として感動と共にあったわけでして、クリエイティブやりたいのかマーケティングやりたいのか平たく言うと何か作りたいのか売れる要素を調査したいのかみたいな話です、はい。

 仕事というとカネになってナンボだろというのと最近のゲーム作りは違って、売れるために雇われて仕事する体制から、まず生活があってそこで自由があって創作して出来たものを何とか売れる形に出来ないかって「お金は生活できるくらいあるんでしょ」とこう来られると出来たものも買ってもらえない。無いところが優先なのも分かりますので、俺のくだらない話はここでディレクターズカット!

 


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