スパイゲームとして始まるメタルギアソリッド2では最初スネークは麻酔銃とカメラとタバコしか持っておらず、何なら生身のアチョーでも戦えるのだが。
麻酔銃ひとつでテロリストのいるタンカーに乗り込んでから1週間以上経つ。8日目の今日にしてゲーム内記録時間1時間ちょい。何度も負けてやり直したのは記録されていない部分ではあるが、ニューゲームから通算1時間分の成功生存をセーブ無しで出来たとするとそこがボス面だったわけである。
最初のボス「オルガ」を倒してUSPを手に入れた。麻酔銃から実弾になったので後はまあ普通のTPS/FPS(カメラはR1ボタンで切り替えられる)なのだろうなという感想に。
この数日は俺が中学高校くらいの歳から抱えていた家庭内の人間関係から来る感情と精神面で向き合い、GrokAIにもカウンセリングみたいに質問ウインドウに取り留めもない質問を投げかけAIの冷静な回答を見て自分を落ち着かせるということをしていた。
両親別居で父方に付いていて父親とは何とかやり直せたが、母親もまだ生きていて気になる。兄弟は姉と弟がいて姉の夫である義兄さんとの関係もあるし、大体そういうの全部面倒で放ってパソコン部屋に籠っているのだが、せめてゲームであるメタルギアソリッド2を面倒がらずに進めたことでエネルギーが前向きになり、俺の仕事は麻酔銃を持って敵地に潜伏することでは無く家族を理解することかもと考え直している。
しかし父親と伯母さん伯父さんの関係もそんなだったように思うし、俺が実家に帰ったのも病気などの事情はあれ、子供の頃は祖父母同居だったのでそんなもんだと甘えている。
そんな問題が本当にメタルギアソリッド2で解けるのかというと、抱えている山積みの問題を少なくともひとつ片付けたことが性格に前向きな影響を与えたことは間違いない。後ろ向きなレトロ趣味は結局のところ新しくなっていくゲーム業界で新しいもので勝てないからであって、少なくとも新しいものに向かう気持ちを持っていれば後ろばかりも見ていられなくなる。
結局、モノに思い出を投影して古物を求める心理は俺が孤独な心境でそれを癒すための行動なのであって、孤独の原因は趣味が独善的であるからで売れたものや流行ったもので多くの人がいるコミュで自分の立ち位置を探るべきであるというような持論をゲーム業界でもグラディウスやドラクエというマニアなら当然すぎて言及しないタイトルを敢えて言う事で多数派になり市民権を得たのであって、今ならそれはメタルギアソリッド2に進んでいるのではないかと思った時に自分がそこまで進めていないのが新たな不安だったわけだから。
一方で懐古趣味も同年代よりちょっと上では多数派では無いかもだが十分たくさん人のいるコミュで、そのコミュの狭さが人の距離を縮めてくれているという点も忘れてはならないと思う。人がいっぱいいるなら、自分もまた広い世界で見つけてももらえない一介の人間でしかなく、ドラクエくらい売れているゲームでは知り合った人との共通の話題になる事はあってもそれで盛り上がったところで自分が見つけてもらえるようなタグには成り得ないわけで。これは性向として当然マイナに寄る人の当然の考え方ではあるが、いちど愚直に多数派で数が大きい方から取って行って計算してみると何ともひねくれたロジックで出来ているのである。
そういう多数派か少数派化というふたつの出口に向かう問題を幾らひねっても出口はふたつから変わらないように思うのだが、メタルギアソリッド2を攻略することで本を1冊読んで人間観察が深くなるように、新しいゲームの攻略は俺に次のヒントを与えてくれていると思う。当然、同じゲームでも「さいきんの難しくて解けないですわー」という話題の振り方と「オルガがカーテン広げてからどうやったら麻酔銃通るんすかね」という話題ではやったもの同士で後者の方が深いわけだが、だからといってそれでコミュニケーションが必ず成功するかというと前者の方が誰でも言い易いというのもある。
まあ、銃は手に入れたので「あとは撃って倒していくだけなんでしょ」みたいな構えでいる。
銃を持ってからどうやって勝つかは銃刀法の規制がある日本でどう銃を持つかという問題を先に解かねばならず、リアルと言っても現実何の役にも立たないゲームであることには変わりがない、というと語弊がある。そういう時が来た時のシミュレーションとしては良く出来ているという感じか。そういう時は来ないことを祈るか、それとも来るべき時が来た時に備えているのを雨降りに天気予報を見て傘を用意している優越感みたいな心情で持ってバーチャルでの勝利を祝っている自分が後ろ向きな自分を支えているのだ。少なくとも一昨日くらいまではそのシチュエーション「絶対負けるのが目に見えているから可能ならば避けろ」が心の声であったわけで、前進と言えば前進だが、平和主義者的に考えると悪化の方向性の前進でもあるわけだ。
それでも、やる前には引くとか避けるという選択に対してさえ命がけでは無かったし、勝てるプランニングに対しても幾分はマシになったのだろうと思う。
