エイリアンソルジャー

 メガドライブの名作エイリアンソルジャーを久しぶりにやってみました。

 短時間クリアを2年上の先輩「なっかん」と競って20分程まで詰めた記憶があるのですが、久しぶりのプレイは1ボス死亡で2回目で2面道中死亡。まずABCボタンの下Aで走り撃ちに切り替えてBで撃ってCで飛んでみたいなところからやり直し。

 これ越せるようになったら超爽快だった記憶あるんだけど、ゲロむずし。難しい。

 まあでも1面は越してゲームオーバーになると1面クリアにかかったタイムがちゃんと記録に出て「ああ、レースゲームなんやな」と思わせてくれるところが偉い。

 シューティングってスコア基本の人も多い中、アクションSTGでタイムを競うって発想がエイリアンソルジャーが原点であって、いま任天堂とかでもタイム流行ってるよね。

 けど、なっかん先輩が付き合ってくれなかったら本当に孤独だったと思う。だいたいメガドライブの時点で話し合う人少なかったし。いやホンマ暗い過去をセットで思い出してきた。人間関係が硬直的ではなく変化して行って負け役になっていく俺の退廃期について、そこで殻に籠ってメガドラでひとつのゲームをやり込んでいたわけで。

 そんな俺の唯一の窓はインターネットで、それから格闘ゲーマーとして遊びグループは一度広がるんだけど、その中で勝ち組であるために外の世界での何もかもを捨てて行ったって時期もあって。それと比べたら今は格闘ゲームもゲーセンでカネ入れなくても家庭用でトレモしてネット対戦とかもあるからそこまで捨てなくて良いんちゃうかって気はするけど、競技として深みに入るために多くの練習時間を割いているのならお金の面での心配は生活維持費とかだけで、そうさねそれでも昔よりは良いとは思うけど。

 ただやっぱ先日FF7の記事チョット書いたけど、そこに映っているセーブデータの写真だけでも12時間で「それがゲームではなくバイトやったら12000円やぞ?」って話にはなって、金持ちのボンちゃんとしてではなく生活費をやりくりしながらのゲーマー生活ってやっぱ貧しくなるよね。てか同じゲームなわけで、同じ映像同じ音響でタイムとかスコアを競うのは独特の面白さはあるとはいえどんどん偏狭になっていく。

 そのへんの気持ちも久しぶりにやると思いだしてきたよね。トルネコずっと掘ってる友達と友達の縁を切ろうかと思ったことがあって、その口火もトルネコずっと掘っていることですごく偏狭になっているだけなのにゲームの内部事情についてプログラムとか映像美とか音楽とかではなくゲーム内での道具の使い方を語って「お前は何も分かっていない」みたく来た時で、しかしまあ冷静に考えるとブーメランみたいなもんで俺が友達を減らしたのもストIIのやりすぎで、ストII友達てのが反対に出来たわけだが、学校の同級生とかとは溝が深まったよな。最後には見切られたか、なっかん先輩とも連絡はつかなくなった。

 まあ人間関係なんてのは俺にとって得てしてそういう部分はあって、ギター始めたことで俺の歌うさまを見て「KANの”カレーライス”がいっぱいある人」と揶揄されて、まあKANさんの「愛は勝つ」はテレビでヒットして有線放送やラジオなど街中でもかかっていたけど、その実それ以外はあんまり売れない苦労した時期があり、それを知る人から「隠れた名曲だ」と呼ばれているものでもヒットしていないわけで世相とはズレている。けどファンの人が聞いたら怒るであろう揶揄をビールジョッキ片手に正面切って言われたら、そりゃ怒るところでしょってところで怒らずに根に持って関係が疎遠になるってのも、これもコミュニケーションで解決するのか、それともその人とは相容れないのかと考えると、どんどん暗くなってゆくからここいらでやめておく。

 それで行くと、俺はゲームクリエイターとしては少なくとも一発は売れているというので、それを鼻にかけるから同業他社の一発も無かった人とも距離があった事もあるし、けどヒットメーカーの企画マンかというと、ただのプログラマーが他のクリエイターがやりたがらないアニメ版権などを嫌がらずにやっているだけで、それは俺の人気ではなく漫画の人気で出版社とゲーム会社にIPガチッと握られて月給でやっただけであって、そんな俺がオリジナル性のあるものを作っている創作家とウマが合うはずもなく。

 そうすると名作だと言いつつも相手にされなかったこのエイリアンソルジャーが俺の人生を反転させた基軸であって、俺はこれから離れて売れ線狙いの別人格になっていて、あらためてひとりの人間として過去から今までつながっているんだけど、そうは見えない嘘つきになってしまったことがこの作品で思い起こされた。

 まあ今日はそんだけの話。ブログで話くらいはするけど、また固い殻に籠るかもしれません。

 


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