意志決定の哲学から考え直すストIII3rd(豪鬼でクリア)

 俺がコンピュータの専門学校に通い始めたときに「コンピュータなんて」と馬鹿にされた一説の中には「人間がコンピュータに負けるわけがない!」というようなことがあって「もしコンピュータが将棋に勝つんやっらたそれ覚えてそのっ取りに指して勝ったるわ!」みたく凄まれたんだけど意気がられて弱腰になって何か文句を言い返したか、そうではなくてコンピュータの指し手を覚えて勝ってやると言うのなら、先に勝ったのはコンピュータの方で人がコンピュータの指し手を学んで指すなら計算式を電卓に入れて出てきた答えをペンで書くのと同じで、勝ち負けというか道具としてのコンピュータの利用法として電卓をつかう論理とそう変わらないわけで、それで「その手を覚えれば勝てる」というのは勝負が多岐にわたる将棋をなめた発言であって、コンピュータは勝負の相手ではなく人間に隷属すべしという意見は人間としてはそれはそれでよく、なぜ専門学校に行ってコンピュータの事を学ぼうとすることを馬鹿にされたか、態度にムカついた以上に今でも自分のそう言われて腹が立ったことがコンピュータ如何ではなく専門学校の入試の学力偏差値が低いことを内心でどうしたものかと思っていたからであって、言い返せないのは今でもそうで、ただ計算機を利用して出た手を指すのであればそれは本将棋の対局そのものの考察と言うかゲームそのものは計算機にゆだねられるわけで人間が体だけの儀式になってしまったようで空虚ではないかと。計算も電卓を使うと計算試験が単純作業になるだけではあるからな。押して出た答えを書き写す意味で信用されているコンピュータの仕組みや基礎や計算機にまつわる科学を学べる学校に行っただけの話である。俺には不思議だったからだ。

 そういうことを朝に考えてから、SNSで「死にゲー」の議論を目にした。古典的STGなどの一発死にのイライラ棒的なゲームと対戦型の体を取ったゲームの対比で、決着としてどっちが偉くなったのかまでは見届けていないが、まあその議論はしている人々に任せておいて俺から言うと比べる軸が1発死にであるとミスが際立つが、ストII波動拳を避けるのが成功と言うパラダイムはガードすれば4ドット程度減るこの削りと言われる4ドットが成功なのか失敗なのかと言うと、攻撃者としては与ダメで成功と考えるべきだし、防御側はクリーンヒットよりはガードの方が得点が抑えられるのでガード成功ともいえるが、被ダメなのでゲームとしては失点ということになる、このへんの幾重かの論理を読み解けば、まあ死にゲーとそこまで差別化しないのが俺流であるが、グラデーションで考えると明らかに色の違う所まで踏み込んで住み分けているので、両者を別物として進む議論にも成り行きを見守るくらい意味があった。

 んでストIII3rdを豪鬼で通しプレイ。ヒューゴ1負けリュウⅠ負けギル2負けで4コンティニューオールクリア。1コインだとすると5連勝とも取れるし通しで1プレイとすると6面負けで、悔しいからというかゲーセンで遊んでいると捉えると負けてコンティニューすると100円儲かったことになるので、じゃあわざと負けた方が得なのかと言うと、本当にバカみたいだけどそうだから実験的なプレイを重ねられるわけで、わざと負けたまでは言わないが、色々な戦い方を模索して勝とうとして負けたのが1回(ヒューゴ戦)マジ負けだと思うのがリュウとギルの3回で500円貯金したと思っておく。

 ホント言うと、コンピュータのヒューゴなんてものが本気でオートブロッキングで作られたら勝てるハズなど無いという意味でシラケて遊んでいるのだが、それでもストIIターボのリュウケンだって後出し昇龍はするし、ガイルなんてタメ無しサマーまでするのに遊んで強くなったと思っているもんだから、ストIII3rdに関してはただ遊び足りていないとは思っていて。それは常に100円賭けた勝負の土俵の上に居続けたせいで。

 だから家庭用でコンボが発展したあとで一発負けしたら、それは俺としての体験は対戦で負けたというより練習した人に一撃で負けたという印象でしかなく、それがアリなら俺も春麗なんて取らないで家庭用買って練習だん!とトップランナーから一気に周回遅れまで下がったわけです。まあコマンドだけで半分減る鳳翼扇に文句があるのは否定はしないようになったが。一発負けもまたそれはそれで対戦の負けであることを受け止めるために、自分でコンボを練習してそれがストIIターボのめくりアッパー昇竜拳よりもまだまだ難しくマネの出来ない芸当であることを体験した後の話なのである。

 今でもストIIターボや餓狼スペシャルに人気があるのは原初にはそこにコンボがあったからで、餓狼伝説2などコンボのないゲームでも対戦は面白かったのだが、やがてコンボの腕とガードの腕が等しくなると待ち合いのじっくりとした削り合いのゲーム性になり、ひいてはそれが意思決定の掛け合わせである読み合いの対戦ゲームであるという土台の上で面白いのであって、ストIII3rdはキャラ数も多く、リュウケンもいればコンボキャラもいて、異種格闘技戦の色が強くなり、そうすると俺はヒューゴは階級差だと思っていて、ユリアンとかQくらいでも重量級で、それなのに軽量級のユンが優勝するのは本当にすごいと思うんだけど、極まった幻影陣をゲージで見ると短いSAゲージで相手体力半分くらい奪ったりするので、まあ練習して強くなるという意味では実るキャラだなと思っている。2ndではいぶきもそうだったらしいが、3rdはいぶきで強い話はあまり聞かない。和歌山のREDさんがモンテで70連勝くらいした伝説は聞いたが。

 ただまあ、クリアと一発死にのゲームの延長線で格ゲーを見ると、乱入対戦込みで閉店までか客がいなくなってクリアになるまで勝ち続けないとダメみたいな考え方をしていた時はあって(負けで終わるから)けど対戦型であることをあらためて考え直すと、甘い判定だが5面越しでも5連勝で、対戦が五分五分で確率2分の1とすると勝ち過ぎで、俺はそれをバーチャ4から数え始めて、懐かしいゲームの同好会的なものに出席して、7:3くらいでこっちが負けていると俺は「7:3ってとこですね」「いやー、やってないのに何でそんな勝てんの?」ってそりゃするところでは10連勝する人が3連勝出来ずに止められたわけで「お強い」はお世辞であることを譲歩しても、対戦で10連勝も普通にあると思うほうが思考法おかしくねぇか?と思った矢先でトッププロもわざと負けてほぐしていて、二人きりでガチケンカのお手合わせを頼むと20連敗とか30連敗はあったりするから深みにハマってなかなか辞められなかったのよね。

 けどまあ、実況とかで脇役仕事を頑張っているK氏の仕事の同僚から「そりゃお相撲さんにケンカ売って勝てると思っていたら間違いだよ」と言われ、ゲームと言えどプロとアマの差は歴然と出るってほうに部外者の同僚さんの認識があることを思うと、K氏と俺もかつてはゲームキャラを操って台を挟んで戦った仲ではあるが、格闘ゲームの強い弱い論は掲示板の運ゲー論は何処かに追いやられ腕の差出るで市民権を得ていると思った次第です。まあコンボとかになると、対戦としての理屈としては一番わかりやすいポイントだし、けどそれ以外でも差のつく要素はあって、そのひとつひとつの理屈を知りたいと思うものの、昔に比べて攻略本とかももう買わないし、知らない理屈を現役からひとつふたつ聞いて納得する視聴者サイドになってしまったのだろうなと。


🄫1999-2025 id:karmen