対いぶき1敗リュウ2敗ギル6敗。
幻聴なのか外にゲームの音が漏れて外からヤジが飛んできているのか、それとも思念のようなものが存在するのか、ゲーム中に野次や悪口のようなものが聞こえて来てくらくらしながら9コンティニューでどうにかクリア。
世の中で頑張っている人を応援したくなる気持ちは素直に考えると善に見えるが、スポーツが商業化して市民は観戦料を払ってカネ押し付けて頑張っているそのカネは経済社会において商売から出ていることを考えると、頑張っているのはバカで応援するのは焚き付けているわけで悪ではないかとすら思えてくる。
しかし世の中の善悪は人の本来的足る感情を上手く逆手に取っているので、完全な理性ではなく感情が少しでも残っていると、それは素直でありその感情は頑張りか応援に向く。そういう感性と言うか、素直な感情が少し戻ってきている感じがする。
人と人をゲーム台で鉢合わせして100円取るビジネスに加担するならグレー賭博のような悪であるが、その悪はネット世界を遷延してゲームと言えど努力は実る努力は正義で正義は勝つみたいな扇動は国を超えて台湾まで広がり、台湾の人に国内のゲーセンやイベントの事情を説明するよりは頑張っているのか折れているのか、まあストIII3rdの参加者には見えているのだろうな。
本音はどっちだ?頑張りたくないのか、応援を受けて頑張りたいのか。少なくとも毎日ブログにゲームの個人的な頑張りをPRしはじめた俺は神を信じられなくなり、神は見ていると思って頑張っても裏目に出る人生だったので頑張りだけでも見せようと始めた時点で悪であり、そしてそれは裏目には出ず応援を受けられるようになったのだが、頑張りのプロセスを見せて応援を受けたところでその頑張りの見せ合いの巧みさにおいても負けはじめ、今度は折れるのではなく諦めて投げだしそうになったのだが、そこにまだくすぶった火は残っていて、メラメラと燃え盛り出したのだ。
んで、まあ死にゲーと違って格闘ゲームって何やったら上手くなるんですか、強くなるんですか、頑張るって筋トレと違ってコマンド練習以外にどんなことがあるんですか、となっても「とりあえずコンピュータ戦をやる」やらないと始まらない。課題も自ら探さないと見つからないってことで、長期的な取り組みにしようと1日にガガッと集中するのではなく、通しクリアくらいを今日もしたまでの話です。
というか、家庭用でひとり用のゲームと違って、ゲーセンで対戦と言っても大阪梅田モンテカルロの繁忙期を知らないと、空いているゲーセンにポツーンと台があってそれを独りでするのと区別が無いと思うのですが、ゲーセンで台があって客Aが独りで遊んでいる人の向かいの台に誰か客Bがコインを入れて始めると、客Aの操るキャラと客Bの操るキャラ同士が戦って、負けた客がゲーム終了ですが、コインを入れて再度同じ客にリベンジすることが出来て、閉店まで終わらないコイン勝負みたいなことを流行期は道頓堀のカマロとか難波セガアビオンとかでもやっていたわけです。今でもモンテはそうなのか、はたまた奈良三条CUEとかでも対戦が起こることはあれ、女性客もいなければ大衆が広く知っている事でも無い。どちらかと言うと広報されているゲーム大会のほうが有名かもしれない。
そうすると、大衆に周知されるのが大会結果の方ならゲーセンを練習試合の場とするのではなく100円玉の関係でゲーム機で独り練習してゲーセンではスパイ諜報を行い、大画面実況付きの大会で勝ってナンボというのはまさに賞金や名誉のナンボであるわけだけど、知られない名人として自分がいたのは賑わいのあるゲーセンである意味では人知れず、しかしある意味では練習試合に来たりスパイ諜報に来た人は現地で皆知っている人であって、ゲーセン主導プレイヤー中心の考え方の中で生きていたからの感覚であって、今後は戦い方は全く変わってくるのだなとまた周回遅れの気分ですが、少なくともレースゲームに例えるなら、コースの進む方向とアクセルとハンドル程度は間違っておらず、周回は遅れていても同じようにコースをクルクル回り始めた状態です。
まあ、カプエス2何処行った?と思っている方もおられるかもですが、スト6とかに行かないのかって話もあるかもしれませんが、色々と遺恨を残しているストIII3rdに自分なりの決着を付けようと思って自分なりの決着ではなくゲーム機として用意された決着を付けると今日は10勝9敗でしたという事です。

追記:もいっちょプレイ(10勝7敗)対リュウ1敗ギル6敗

まあ今日はだいぶ語ったので、これ以上は語らずまた明日以降のプレイの後に。