忙しさにかまけて考えることを放棄してきた

 毎日手帳を付けているし、ブログもほぼ毎日書いている。2日休んだ。

 この2日の休みはゲームするでもなく、テレビを見るでもなく、天井を眺めて寝るでもなく、ぼーっとしている時間が半日以上あった。ゲームはちょっとした。3DSのモンハンだ。だからモンハンの記事でも書こうかと思ったが、筆が乗らなかった。

 今日は歯医者に行った。左上の奥歯が次に抜歯ですということで行かなくなった歯医者だが、自然に抜けたと思って施術を頼むと、抜けたと思ったのは歯の断片で、本当に抜いてもらうと歯茎に埋まった歯の骨はまだ結構大きかった。ちょっとしまったかなと思ったが、歯医者さんからは治療継続に来てもらって良かった、この歯を抜いたらひとまず安心ですということで、人間不信の俺は何が安心か分からないのだが考え中だ。

 人間不信というのは正確ではなく、世間で信頼されているお医者さん、薬剤師、大学教授、小中高の教職員などに不信を抱き、書物に対して嫌疑的で、そのくせ同級生が卒業後の進路を経歴詐称して俺に上からモノを言っていたのに20年も騙されたのだから、馬鹿げている。かなり馬鹿にされてなじられて、高学歴というのはそういうものかと自分の専門卒を比較的に低学歴だと思ったものだが、まあ、そのおかげで卒業後も勉強のモチベになったので、全く悪い事ばかりでもないわけだが、腹立たしい。

 そう、抜歯は麻酔が効くのに2~30分待たされるのが普通だが、2分くらいで試みて「痛いですか?」「めっちゃ痛いです」からもうしばらくしてスッと抜かれて、秒で会計まで済ませてくれた。処方箋が出て近所の薬局に行くと、化膿止めと痛み止めを出してもらえた。その待ち合いに薬局宛の宅配が届き、支払いに札束をチラ見した。そうさね、立派な職業とはそういう扱う金額の大きさも関係するとは思うけど、かといって不動産屋が偉いかというと、まあ宅建というのは卒業資格のないものでも取れる有名な試験のひとつではあるよな。話が逸れたが、医師とか薬剤師は大卒が必要要件なので働く年になって見てから気付いても遅いのよな。ガチで受験からやり直す人もいるらしいが、勉強は自分のためかというと、人を助ける仕事にも必要な勉強はあるってことだ。

 そう考えると、高校の時に世界史は好きな科目で、卒業後も自習したが、例えば日本史ひとつとっても、その由来が軍記ものなのか漢文由来なのか、文系科目というのは書を中心としているわけであって、昨今では理系の手伝いで年代測定で裏付けられて書かれた年代が推定されたり、古墳が見つかって確からしいとされることもあるが、国語基準で考えたときには漢文の春秋戦国時代以前は伝説であるらしいし、世界史となるともうそれは世界中の神話から地史からどこが根っこかも分からないまま彼是こういうわけで現代です、と先生が歳なら生後から現代まではまあ現社的に新聞と体験をすり合わせるとほとんどが新聞やラジオにテレビというニュースだろうなと思われるわけで、取る人は取るけど非常にいかがわしい学問だとは思う。

 その意味で、結果として詐称であった事は嘆かわしいが、理科室でフラスコを使って科学の何たるかを化学という視点から学ぼうとしたかつての同級生には学友としての敬意は持っていて、少なくとも高校卒業時点では化学は俺より良かったことは付記しておく。

 思えば学友なんてものが俺にいるのかというと、高校時点ではいちど成績の悪くなった俺を何人かの優等生でチームになって勉強を手伝ってもらえた。ホントに高卒があるだけマシというところで、卒業後に絡んだ多くの「ゲーマー」には振り返ると怪しいところがたくさんあったのだが、黙ってゲーセン台に座っていたものが、少なくとも口論になって意見が言い合えるくらいにはなったのだから、それでも良いと思う。

 それに比べてむしろ俺の方が黙って働けという法律的におかしな斡旋業者に騙されて、最後にはゲームも文句を言わずにゲーム勝敗で決するという罠に貶められたわけで「ゲーセン行ってゲームしようぜ!」と誘ってきた悪友が俺が勝って「入って来ないのかよ?」というと「100円勿体ない!」とまあ自分勝手なもんだが、損得としてはそこで誰しもそんなもんで当時にはまだスポーツでは無かったゲーセン台にスポ魂のように打ち込む俺の方が滑稽でバカにされたのも無理はないと納得するのであった。

 それくらいしかすることが無かったわけではなく、勉強が嫌で逃避した先のゲームセンターがいよいよスポーツ化してカネは払わなきゃいけないわ練習して勝たないといけないわで搾取と競争が合体して、過当競争どころの騒ぎでは無いのに「努力は実る」という宗教染みた言説でもって騙されている人のまあ多い事。中にはその中で何らかの商売をしている人がいるから、宣伝として広告塔としてゲーマーも一役買っているのだろうが、それでも腐れ縁で切っても切れない部分があり、俺も家庭用での練習くらいはして、それで生活時間が圧迫されて何事にもしない理由に「忙しい」を足してしまう。

 この忙しさは間違いなく虚構だ。それはゲームだけではなく、マトモな仕事の皮をかぶっているITについても極論としてそう思っている。工学の発展はオートメーションで自動化され人が簡便に利益を得られる社会であるはずが、システムエンジニアが忙殺されるとは何事ぞというと、旅館で料理人が忙しく働いて風呂に入った客を酒盛りでもてなすように、オートメーションがオートメーションではなく、人力でコンピュータの利用者を楽しませて継続使用料を請求して回っているのだろう。

 そう考えると、ゲーセン台も店から見たら自動で100円玉が儲かるオートメーションで、客になってゲームをするというのは如何にも馬鹿げた行為なのだが、それで多少の不利益を被っても大丈夫な生活基盤があったはずが、その生活基盤が賃金労働となってから、ゆるゆると「やらない側」の正しさが身に染みて分かって来たのである。

 その上でも身銭を切って付き合ってくれた人が俺にはたくさんいたことを振り返ると、何とも複雑な思いがする。損得で言うと簡単に切れるが、自分がゲーマーであっても最後には今のように切られた格好であったとして、愛想が尽きる前は相手をしてもらっていたのである。俺の若い日は本当に主客のもつれた矛盾した忙しさの中で、人のやさしさに甘えながら、それでいて辛みを味わっていたわけで、忙しさのせいにしてじっくり考えることを放棄した結果だと言える。目先、勤めに出たらカネが入って、無計画に遊んで使った資本主義自由経済社会の労働者で消費者であったのだ。馬鹿げたシステムに思えるのは今だからで、それが世間の常識であったのだ。

 もうちょっとマシな仕事ってか、あるだろと思って、今更にもう一度勉強をやり直している。思えばユニオンシステムの就職が決まった時は「勉強してお金がもらえる」と嬉しかったもんだ。でもそれはメディックスでも忙しかったけど勉強は出来たし先輩からも教えてもらえたし、お金がもらえる仕事をしながら勉強をすることを両立しようと思えば他にも方法はありそうにも思える。ただ、カネをもらって使わないで貯めながらもっとしんどい勉強をするってのは、人生設計において「若い時に勉強しておけば将来がラク」というのが若い人のモチベであり得るわけで、一生勉強みたくなってくると、その生涯のライフプランの落としどころが見えなくなって来る。それでも勉強するのは見えている将来とは違った視点を備えて、意外な落としどころが見つかることに賭けているのだろう。それも麻雀やパチンコと言ったゼロサムのお金の取り合いのギャンブルと違って、何らかの意義を見出せるという、あるいは学問への幻想なのかもしれんがな。

 ただまあ、親に立派な高校行かせてもらったわりに専門卒で学歴が止まって、業界的にはするべきこととして上位試験の勉強と、どこからともなくわいて来る「業務」ってもんがあるみたいだけど、就活なんてやめちまって自分の思うままに読みたい本を読んで勉強するのが、やり終わってそれでも日課として続ける対戦ゲームの練習やシナリオ型のゲームを進めて物語の中に入るよよりも面白いと感じる部分があるからだろう。

 中学の担任にも言われた。「今は成績が振るわないかも知れないが、間違いなく君は勉強が好きだ」と。出来の悪い生徒にかける決まり文句のような励ましかもしれないが、その言葉は30年以上の時を経て思い起こされる恩師の言葉である。

 今の俺を親がどう思っているかは分からないが、良い学校に行かせてもらったんだ。


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