マシンを買い替えなくとも将棋の研究はまだ続けられる話

 エイプリルフールにマトモな話を書くのもどうかと思うが、そんなにマトモでもないかどうか、実験前の着想についてちょっと考えてみる。

 もう3~4年経ってしまったと思うが、たややんの水匠が優勝した時にやねうら王ブログで仕組みを解説して、その時に「定跡を読む」という話しが出ていた。定跡なら定跡なんだからその通り指せば良いのでは、という意見というか感想が大多数で、俺も何でそんな事するのだろうと不思議に思ったひとりであった。

 もうひとつ、拙作将棋ベーシック改は三手読みだが、方々からというか伝のある先から「なんでもっと深読みさせない?」とか「そのオートメーションをそのまま放って置けば答えが出るのでは?」という意見もいただく。

 ただまあ、チョット図を書いたので汚いけど見て欲しい。

 将棋の指しての数は少ない時で30から、多い時には800くらいになるので非直感だが、まあ先を読むと三角形がどんどん大きくなるこのイメージで考えている。

 将棋ベーシック改の定跡部は現在改造中でデータ構造を変えている工事中なので旧定跡が使えなくなっていっるが、新定跡のカラムを考えるときに「何手掘って出た定跡なのか」というパラメータを設けようと考えている。

 三手読みが十分速くなり、秒かからないで返ってくるようになったので、自己対局を三手読み準拠で終局まで指せる見込みがある。この時に三手読みを三手読みで返して自己対局したら、三手読みより良い手が見つかった時に三手読みのベストにそのうち応手でもって損が返ってくることとなる。それから、元を辿ってその局面だけ再度深読みして、そこからの定跡を深掘りする。

 というか、三手読みで四級の俺には十分強いソフトなのである。そしてずっと考えさせたら良い手が返ってくるかというと、計算資源の都合上、小学校の時に読んだ入門書の後手定跡すら自動計算では辿り着かずに計算を打ち切ってしまった。

 もうちょっと近眼的に、三手先を読み、そして定跡が定跡であるならば定跡進行の応手もまた定跡であればそれは考える必要が無くなるというか、どこかで定跡外しが来るもので、また定跡外しの応手が学習により定跡になるのであれば、思考時間があるのだから定跡系で進行して抜けた局面を先に読み始めるというのは人と比べても普通のこと。

 ただまあ、そこまでするにはプログラムが今より幾分高度になる。将棋ベーシックは簡単な方法から出発しているが、それでも門外漢には幾分難しく、上を見ないで下を見て自慢をして来たところに自分も一度は通った疑問がたくさん挙げられて得意げに将棋ソフトの常識を語ってきたわけではあるが、上を見ようと。たややんを見習おうと。

 AI時代には日本企業や大学といった組織の体質である年功序列が崩壊し始めて、将棋ソフト界でももちろん棚瀬先生や保木先生は偉いわけだが、フォロワー数で考えると若いたややんがトップになっている。それで恐らく健全なのだと思う。

 情熱的に、毎日研究をしているたややんの話がやねうら王ブログの1ページで、学術論文で無いのは時代の流れなんだと思う。ただ、あれがそのまま流れて行くのは勿体ないのだろうなという気はしている。

 それと、俺がいま興味を持っているのが理科ではなく人文で、書き方や読み方が暗号化されているだけでものすごい知見が読まれなくなった幾多の本の中に埋蔵されていることは有り得るが、それが役に立つとなると科学的な裏付けは求められる世の中なので、まず科学をやって、科学的な新発見と人文掘りで競争をするような格好となるはず。そこでの人文掘りも、最低限というか最新科学の知見を持って古典を読むと何らかの合理性が認められるという格好となるわけだから、文献を探すのと実験をするのがどちらが効率が良いのか、というと当然俺は実験だと思ってきたけど、カネのかかる実験とか、倫理的な問題とか、わけあって本でも読むしか仕事がない時に、読む本の選書センスとか中身の確からしさに対する嗅覚みたいなものは、深掘りではなくちょっと読んで考えて、噛み砕いてからまたちょっと読む、三手読みの自己対局に似たものを感じて。

 いや、多分春の暖かさにやられたエイプリルフールブログだと思って読んでもらって全く差し障りは無いんだけど、今日はそんなことを考えて暮らしております。

 ホント言うと、究極の手とか新しい手みたいなものを見つけたいわけじゃなく、自分が初段くらいになるでも良いし、将棋ベーシックがちょっと強くなるでも良い。何か今の俺の段位から下剋上を起こすように激烈に強くなるようなことを考えるのでは無く、コンピュータを買い替えたり、大改造をするまでもなく出来ることでちょっと上を目指して進めて行ったら、十分に目標は改まって、いやもうホントは自分なりに「もういいかな」と思えるとこまで来てはいるんですけど、まだもうちょっと考える。

 昨年の四月は冬が厳しくて「何とか冬を越した」という感じでしたが、今年の三月は終わりごろから将棋ソフトに没頭していて「気付けば暖かくなってきた」って感じです。


🄫1999-2025 id:karmen