今日はスーパーの弁当の売れ行きが良いのか、行く時間が遅いのと日曜日が重なったからか、棚の弁当が少なくなっており、余り物的なオムライスとポン酢たこ焼きに北海道クリームのホワイトチョコエクレアを昼食とした。オムライスが何故残るかというと、唐揚げ弁当やカツ丼なら鶏肉豚肉で次点が白身魚ののり弁かシャケ弁の魚に比べオムライスって卵とケチャップとメシなので同じような値段なら原価がいちばん安く店の儲けが大きく買い手の損が大きいからだが、実は俺の好物であったりする。
それとポン酢たこ焼きとエクレアを平らげてみると、普段の飯より200円ほど高く付いているのだが、満足度はいつも以上で、例えば奈良市まで出かけると電車代が片道160円往復320円かかるので、これくらいのプチ贅沢はもっとすべきかも。
そうして腹がこなれてから中野信子のペルソナを4章あと10ページと数えてから、最後までも20ページほどだったので数えて今なら読み切れると読み切った。ゆっくり読んで反芻しないと一気に読むと読み飛ばしもあるのだが、何というか本を読んでも最初から最後まで入ることというのは珍しく、読んでいる間に抜け落ちる部分があるのが普通で、都合よく拾った文字から別世界を描くのもまたよくあること。ゆっくり読むのは少しずつ咀嚼して読むことで、内容が良く入ると思っているからで、一気に読む気力が俺には無くなっている。しかしまあ、一気に読むと深く考えず書き手に誘導されてしまいがちなところを、ゆっくり読むと「おかしいな?」と思えるものだったりする。
昨日の病院で先生に「すっかり治るという事はあるんですか?」と単刀直入に聞いたところ「残念ながら。それでも規則正しい生活リズムと服薬を続けたら大分良くはなりますよ」と言われ、俺の求める「だいぶ良い」にもよるのだろうなと。
一昨日あたりから、NHKのSONGS岸谷香さん、あさイチ布袋寅泰さんの出演で子供の頃からの音楽のルーツの根幹がハッキリしたと思う。まあテレビっ子で姉のカセットテープでTMネットワークにハマった事や中学高校でV系や西脇唯に傾倒したことを忘れたわけではないが、あの頃の好みというのは誰かと同じじゃ嫌というので人の効かないものを選んだ結果のはずが追うようにV系ブームGLAYレコ大で不本意になり、それから素直にミスチル、ジュディマリに戻って、ギターを本格的に始めたのなんて32歳なわけだから、知恵遅れと思われても自分の好きなことを出来るようになったのが32歳からなわけで、そりゃ中学くらいから好きなことしている人と比べたら受験と就職とサラリーマン生活があって、それが健常だとすると病気になってからギター始めたのが不幸中の幸いで、だからして俺は病気に対してそこまで不幸な印象がない。
ともすると、もう健常者には戻れない。けど健常って何だ?とあらためて考えるのに中野せんせいの本は深く入って来た。いや、最初からその狙いで書かれたものだろうけど。これで積読は1冊やっつけて、あとはラギアクルスだな、というのもその前に準備が必要と昨日は回復グレート10に余りのハチミツ3を備えカラの実99とハジケイワシ40を持ち込みLV3通常弾を300発近く打ち込んでラギアクルスさん死んでくれなかった。やはりボルボバレットでは無理なのか?となってあらためてリオレイア狩りからとなると、その前にタバコで一服となり永遠にレイア狩りには出発しなくなる。
そう、あらためて考えると小学校のt気にドラクエ、中学でゲームボーイは頑張ったけど途中で放ったゲームも山ほどあるし、それを仕事の忙しさのせいにして、その忙しさは受験に負けたからでは無いのかと考えたけど、勝った人の中にも忙しい人はいて、別問題だと分かるのに20年かかっているのだな。だって20代で40代までのキャリアを比べることは出来ないし、先立って恐れたよりはマシかもだけど、どうしようもない40代だと思うことも出来る一方で若死にしてもおかしくない病気を服薬で健常とそう変わらず暮らしていられることの幸福はかかりつけの薬屋の薬剤師さんが教えてくれた通りだと思う。
まあ番号で言うとバージョン3.00に上げた将棋ベーシックの頒布開始が2~3週後で待つとなってから1週チョット経つが、その間にもうどうでもよくなり、公正取引委員への調査依頼などは2~3ヶ月先となるので、本当に忘れた頃にやってくるだろうし、奈良のライブハウスでのライブもスケジュールの問い合わせの返事が数か月待ちで、ガラガラだから問い合わせたらいつの間にか繁忙期に入っていて、4月からミュージシャンな卒業生が多いのだろうかと思うなど。
そして印税は5月が来ると300円の大台に乗るわけだが、4月分は見通しが悪く14円とかになりそう。それでもブログの文章の有料化よりは見込みのある仕事。タダ読みで広告付きの今のモデルでもインターネット利用料にも及ばないのだが。
まあ、その意味で健康イコール復職イコールお勤めイコール給料ではあるのだが、今の体調で出来る仕事でこれから来る50代に備えなくてはな、くらいの感じ。
健康に近づくと言っても給料とイコールで無いだろうなという感覚が出て来ている。そして明日明後日にもし死ぬとしたら勉強するか好きなことをするかと考えると、その考えている間はつけっぱなしのテレビを聴きながら布団で天井を眺め、そして実は俺は木造だった我が家をリフォームして出来た自分の部屋の真っ白な天井が嫌で天井に木漏れ日のような絵を描こうとして、木漏れ日が緑であることを知る前に木の枝の茶色のマーカーを使って知人に言わせると「壁にウンコ塗りたくってる」と言われる絵の始末。
まあ、換気が悪く知人を招いた時に部屋に悪臭が籠っていたからだとは思うが、残念でそれからその後の付き合いは無くなった。谷六のマンションも来たことがあったので、あの時はキレイに出来ていて、敬意を持って接してくれていたが、今のありさまを見てから明らかに軽蔑されるようになった。助けてもらおうにも、助ける価値みたいなものが見出されないと普通の人は見放すのだなと強く思った一件である。普通。
明日死ぬでも本は読むというのが俺なりの答えだが、それは最後のページが近付いたのもあったからで、積読はまだまだあるしMH3Gが進まないのは後ラギアを倒すだけのその一戦に敗れ出直しの準備となると三日以上はかかるだろうなと思うと、少なくとも明後日までには準備で死ぬという計算が働くのが取りかからない原因なのだろう。
じゃあ今までは何だったんだ?というと、気長にちょっとずつ日課でやるという事が出来てきた証拠でもあるのだが、その方法論でたったのモンハンクリアであってそれ以上ではなく、人生において多くの物事でタスクを細分化してコツコツやっても100円玉貯金で10万円とかせいぜい100万円で、それでカップラーメンがオムライスとタコ焼きになったのは大きな変化だとも思うが、既に47歳であるわけで、これがもし20代から同じペースだと貯金は倍以上あるかもだが、それでも新築住宅1件にも及ばず、ある友達は結婚した時に俺に「嫁がタダだと思うなよ」と嫌味を言ったが、反対に共働きくらいじゃないと俺の稼ぎだけで子育ては厳しいだろうとお金の面ではそう思う。
まあ、あとはネットの買い物サイトで次に読む本を物色してやめて、今の足元を見るとまずはラギア狩りだなと思っているところ。いちどデータを消しているので村ラギアからしたら二度目ではあるがな。何が違うってキャラクター名が俺の本名だ。
これに関しては読んだ本とちょっと入れ違いになってしまった部分ではあるよな。俺も実名晒しの珍獣かもしれず、人の話は聞くべきではないとあらためて思った事案。聞く耳を持たないことが恥知らずということなのであろう。恥ずかしいと思っていたらブロガーなんて出来ないだろうよ。
まあブロガーの金銭感覚を持ってから、本1冊でも値段を良く見て選ぶようになった。活字と図版入りも吟味するが、画集に値が付くと思っているのは絵画が高いという世界観の人の考えであって、信じられないが活字に価値を見出してこその本な気もする。画集や写真集に価値を認めるなら、テレビにはもっと無量の価値があることになるとも思っている。そう思ってみると目が離せなくなるが、普段は付けっぱなしで放っているし、反対に中野先生がテレビに出るという道を選ばなかったら知ることなく通り過ぎたとも思う。
面白いテレビに圧倒されながらも、それでもブログで活字を読ませることと、その収入が少ないことは恐らく正準相関で、大した価値は無いけど、世の中には少しではあるが価値を認めてくれる人がいる証拠にもなっている。適正価格なのだろう。
昨今の関税の話など、適正の根幹に対する議論であるわけで、ぼーっと見ているが、国際的な価値の是正が始まろうとしているわけで、商売は先に真価に気付き、そして儲けようとしたら始まるものである。商売が儲かるのを是とすると右になるし、格差を是正しようとすると人によっては左につく。その場合の真価は競争より平和だろう。
勝てるなら、競争で良い。それが歳を取って弱ると、また勝ち方も狙いが変わって来て、若い時からその戦略を狙っている先客の罠カードを1枚ずつめくって行く感覚。
まだ、勝てるという算段で生きているのだろうなと思う。死には抗えないとも思っていない自分が明日死ぬとしても本を読み、ブログを残して死のうとしているのだろう。
