深夜に見たガメラのアニメでパパに頼る金髪の少年が年下っぽい子とケンカしていたが。まあ、俺も傍から見たらああいう時期があったのだろうなと。ウマが合わない相手とケンカすることなく坊ちゃん同士のゲーム友達で遊んでいたら、まあ専門学校の卒業制作とか就活とか、俺の年は就職氷河期でしたので、その中で職があるだけ良い方といっても周りは親に甘えて遊んでいていつの間にかお兄ちゃん役でごはんを奢ってみたりゲームソフトを買ってやったりしていたけど、それは困った人を助けるのではなく甘え上手に騙されただけだなぁ、と自分が困っても坊ちゃん育ちは困られたら嫌がるだけで助け合いなど無いという事を身に染みて感じ、そんで40代からは独身を笑われながらもケチケチとカネを貯めて、どこかで「今に見ていろ」みたく思ったわけですが、何故かボンちゃんはそれはそれで今もPS5やらスイッチ2の話題で盛り上がるものもおり、どうなってんだ?と。
いや俺も欲しかったら買うカネ無いわけでも無いけど(あるってことね)惜しい。ゲームに使って楽しめない。ゲームを遊ぶ子供にはゲームで遊びながらゲームクリエイターになる憧れがあって、それはまあプロゲーマーでも良くて、ゲームの楽しさとそれを続けた先に夢のある大人像があるから楽しいんだろうなって思うんです。
ゲームクリエイターって言ってもピンキリで、大手メーカーは商業規模だけで見ると大企業だけど、それはもう組織がデカくて売り上げ重視で、内情はしんどいものだと思うんです。じゃあ中小が良いかというと、そりゃ売り上げが小さいから中小なわけで、マクドのバイトがキツイからと地域の弁当屋で働いたらもっとキツイみたいな。
そんで中小のゲーム開発の先達から「いやー厳しいからやめておいた方が良いですよ」と教えてもらっていたけど、自分で作って売ってみて、それから子供の頃につまらないクソゲーだと思ったゲームでも、商品レベルにリリースされているものは皆出来が良いと思うようになりましたよね。きつくても売上があったらお給料がもらえるわけで。
ただまあ、俺の場合は情けない話で今も親が元気で、借金しないで自分のパソコンを何台も仕事しながら買い替えて、どうにかゲームと呼べるものを作って売ってみて、儲からなくてもまだ親父の稼ぎの範疇で生活できているんです。47歳と76歳ね。
それで貯金してきたから、まあ俺が60歳くらいまでは生活どうにか持つかなぁ、となっていよいよ本気で何か稼がないとってのは常々思うんですけど、その目でゲームをもういちど見たら、大手メーカーと商戦するのは本気で絶望的だけど、じゃあ中小企業に派遣で行った時どうだったというと連日の深夜残業で、そこまでしたくないから独立を考えたけど、独立して食うにはそこまでやっても当たるか当たらないか分からない。
んで32歳から始めたギターの稽古でも、15年もやってその頃になったら多分若い頃にバンドしていたと変わらない感じになっているんじゃないかと思ったんですけど、本当にその業界の懐事情を詳しく知って、若い時バンドで夢を見た人も大人になったら普通の仕事しているその普通の仕事って、若い時にソフトハウスに勤めていたら気持ちがあると、もはやこんな仕事しか残ってないのかと残念に思うような仕事。
今日もスーパーのソースカツ丼298円で「カツ飯」として売られているのを親父と二人分643円で、こないだはそんなウチでも商店街ではカネのある方で串カツ屋さんで一杯どうと誘われて、俺はカネかかるなぁ、と思ったけど親父とふたりで串カツ10本おススメとビール中ジョッキ2杯にモロキュウと山芋短冊にお土産におにぎりふたつを受け取って6220円。
いやほんま中小ゲーム会社に派遣で行った時によその会社からもいかにもサラリーマンというサムライ的な方が一緒に来てくれて、ふたりで江坂の街でランチしたわけですよ。食堂でホッケ食ったり、ラーメン屋でチャーシュー面食って、それらは大体980円が相場なわけです。その中で俺はどうやら高給取りらしく、社長さんは払っている分知っているのでマクドでダブチのセットとか食っていると「なんでハンバーグやねん!ステーキとか食えや!」ってまあ駅前にはおあつらえ向きにフォルクスとかもあるわけですが、あの頃はもう働いて給料もらってもうまいもんに払えずケチり始めてましたよね。いまステーキと定食の差額分くらい貯金が少なかったらどうだろうと考えると、まあステーキ食っといても悪くはなかったなと思うから串カツでも行けるわけですが。
まあでも残りの寿命を考ええたら、今からでも絵を描いて、専門学校の時はゲーム学科ではなくCG学科選択だったから、美大とかも憧れたけどまあああいうのは絵心教室DSくらいで良かったよねとも思っていて。ギターも好きなだけ出来たからね。
けど何というか、若い時に勉強しておいたら40代とか50代はお金持ちで悠々自適でみたいなイメージとは違って、好きなことは出来るけど、まだもうひと踏ん張り節約するか仕事するかでやりくりをどうにかしないと、地方都市型の生活者として生きて行くのにカネはかかるわけで。
その中で専門学校以降の坊ちゃん同士の人間関係ってどこも親のカネであるわけで、ひとりずつやりくりの関係で仲違いして行って離れて行きましたよね。言っている俺もストII系格闘ゲームとか家庭用でしか遊ばなくなったし、トレカも買わない。今でもやっている人もいれば、久しぶりにどう?と持ち掛けても「もうつまらないんだ」となる。その中でその飽きられている商品を後追いで作る商売に上手く行く見込みがあるかというと、いやそれでもSNSを始めてから、その路線でも趣味のように作って頑張って追いかけている人が一体いくつなのか若いのか歳なのか、何もしない俺の方がちょっと居づらさを感じていることもまた事実で。
バブルの頃のゲーム開発というと赤字でもやっていたらしいですからね。そりゃ大企業として開発費をかけてIPを持てたら現在のように成功しているところがあるけれど、あの時に同じように競走馬になっていた企業でも消えたものもちらほらあるわけで。
消えた会社の人がどうなったかというと、今の俺みたいな人も何処かに似たようなのがいるのだろうかな、とふと思いつつ、夢を捨てたら味のしないガムみたいな残りの人生をどうしたら良いんだろうなって救いのないブログやなこれ。
そうそう、ゲーム作る金がない、企画職でカネ使って人雇ってゲーム作って売れっ子だった人がセミナー開いて小遣いを稼いで若いゲームクリエイター志望の人をだましているよなぁと思って観察していた頃もありましたよね。
でも、そういう中から若さとやる気と才能でホントに当てちゃう人がいたら教えた先生も出世するんでしょうかね?
