MTGってプレイ人口世界で何人とか言うけど、日本選手権クラスで1000人だから単純に都道府県で割ると県20人程度。野球のチームが最低9人であることも併せて考えると、MTGで県代表と言っても山が低いなぁと。そして、その強さは上手さとかではなく持ち物の強さつまり当たり運によるところも大きく、当たり運がなくお金を使う人もいて、そういうところから「お金のかかるゲーム」という烙印は押されているわけだけど、当たり運の勝負はそれはそれで参加者誰しも未開封6パックとかのシールドと、3パックを8人で配るドラフトでさんざ遊んだけど、ドラフトを1回遊ぶとなると7人のメンツと1200円くらいのパック代金に奈良ではなく大阪まで出る交通費とかもいるよねってなって、それで手持ちのカードで構築を考えるってことをずっとやってる。
飽きるほど遊んだというと、デッキ組んでデュエルってのは10戦20戦もしないうちに飽きるもんなんだけど、そうするとデッキを組み替えてまたやりたくなり、それに付き合ってくれる人がおらず1000人級のトーナメントに出る始末になり、しまいにレギュレーションが変わって古いカードが禁止になって、新しいの買わないと出られませんとなって、古いカードで遊べるカネをかけないゲーム仲間を探して今日に至るわけです。昔はいたのよ、ミラージュからテンペストになる頃に「えーっ!また出んの?今までの使えへんの?新しいの出るの早過ぎやって!」と言って辞めた友達はもう古い友達すぎて連絡先も分からないけど、4版からミラージュの時は地域にMTG友達がいたの。でも幾つよってなると俺19だから28年前。そりゃ友達もいなくなる。
あとはまあ、勝つも負けるも長引いて麻雀の半荘も行かないわけで、そりゃあっけないわけで、それで運だからと言っちゃうとプロに失礼だから言わないようにしているのかもだけど、失礼とか礼儀に気を遣うような立派なプロなのかという問題もあり。
というか、周りが礼儀に気を使ってしゃんとして写真を撮って文筆によって賛美されるとメンコで遊んでたおっさんが歳食ってひねたのでも立派なプロに見えるってやつであってそれ以上では無い事に若い時に気が付かなったのがダメなのよね。
そんなにすごいことなのかと、冷静に考えるとデュエルして一度も勝てないという事でも無く、勝った負けたがあるゆえに自分にも一番になるチャンスがと思うがゆえにそのチャンスで掴めるものが取り逃した魚のように大きく見えて、じゃあ大学受験からやり直してお医者さんに成れるか成りたいかというと、そりゃ受験と国家試験の方がハードルが高く、翻って情報処理技術者という自分の資格が偉いのかというとこれも国家試験には入るけど取りやすいと言われているし、時代の事情で大量採用があっただけかなと。ATMが壊れてカネが出ないというのと人が病気で倒れているの、どちらが急務かと。
そういう風にひとつづつ天秤にかけていく考え方で、MTGの本当に強いデッキを考え直したいとたまに思うんだ。速攻かコントロールか、単体か集合か、などなど。そうしたら、子供の頃に通った病院である関谷先生にも将棋の趣味があり待ち合いに詰将棋の本が置いてあって、子供の頃によく読んだもので、それくらいの趣味として俺にもMTGがあっても良いじゃないと考えると、セミプロくらいまでハマり込んじゃってギャンブル依存で親に泣きついたこともあって、お医者さんには成れなくて、それで趣味があって良いじゃないってのはご都合主義になってしまうよな。
そうすると、誰しも秘かな楽しみはあれ、それをどこか堪えて勉強や仕事に打ち込んで生活して世の中回っていて、対してゲームも余暇としてするなら良いけど、プロってのはお金がかかるように出来ていて賞金があって初めてもらえるもので、需要供給曲線で行くと自分でやるよりやらせて見たいってのがあって初めて成り立つ。雑誌とかで強いデッキ見て同じの買おうとか、そういう贅沢があるから先んじてトーナメントで優勝を決めてからレポートを書いてお買い上げいただくと、こうなると、アマチュアでデッキはプロってのが大事なお客さんって事になる。
ならばその一端としてゲーム研究と称してやっている俺にも幾許かの領分が無いか?
ただまあ、明確に依頼されたとかそういうわけではない。何故か勝って質問や疑問は来るが答えてみたところで相手は納得せず不満そうで、それに竹を割ったような明瞭さが無いのはカードの種類とか試合の成り行きが多岐にわたって「こうだからこう」と簡単には説明がつかないもので、それでカードをそんなにたくさん持っていなかったら、土地がどうにか集まってゲームが始まると並べ合って大きい怪物が勝つ。
そこに1マナ2/1のサバンナライオンはレアカードなので、それが初手に来るように4枚集まったのがプロデュエルかと言うと、単に金満なだけで、それとは別にリミテッドの強さがあって、俺はスタンダードよりリミテッドよりのプレイヤーだったから、結局のところ雑多なカードから「本当の当たりカード」を選り分ける眼力と、それでもって1マナのカードにも分があることを分かっているその理由が伝えたいけど伝わらないなら誰も取らない小さいカードをちょこちょこ集めて不思議と勝つ。
そうであれば良いがな、ちょこちょこ集めても負けるときは負ける。ああ今回はダメだったかと。レギュレーション全体を見渡して、どれくらいのサイズ感に配分されているかとか、最近もう新セット丸々把握したりは出来ていないよね。過去のセットの勝ち方程式は新セットでは通用しなかったりして、誰かの昔の持論が新しいセットでは本当になったりもする。
ああ、そうすると教えるようではなく、まだまだ学ばせてもらう方なのよな。
