昨日のデッキに対して、プロ仲間から1点「どうして朽ちゆくヒルを抜いたのか」

ほとんど同じレシピで平地を一枚白黒デュアルランドに変えて棍棒のトロールを朽ちゆくヒルにすると、デッキが強くなる。
理屈としては緑と黒の引き合わせは土地16枚中緑6枚黒5枚だから6枚中2枚を引く確率と緑と黒を引く確率は同じで、それに加えて「土地が4枚に満たない確率」というものが有り得るわけだから、土地2枚で出る朽ちゆくヒルの方が後続のガラクより先に出せるという点でも強いのではないかと。まあ、MTG仲間の間ではいつもの話。
そういう風に議論して正しいと思った方を選んで行ってデッキをいじって強くなる。
ただ、緑2枚で土地4枚で黒が無くヒルを引くという確率も低いながらにもちろんあり、自分で先に決めた棍棒のトロールを議論の結果抜いて運悪く引き合わせた場合にその運命を自分で受け入れられるかというと、どうしても確率だけでは飲めない事がある。
その原因は自分では分かっている。確率が信じられないというより、自分が似たようなカードから棍棒のトロールを選んだ理由のひとつに「絵が好きだから」というのがある。そうすると、絵が好きなのと強さとのバランスで、絵が好きでも諦めているカードというのも俺には無数にあるわけで、そこにどう折り合いを付けるかという問題になる。
これから、もっと考えることとする。強くなりたいなら、カードを買い足すことえ明らかに今より良くなる強いカードの入ったセットももちろんある。確率と、絵が好きとか効果が好みとか、それに加えてお金を幾らくらいなら払って良いとするか。
その意味では俺は既にカードは持ち過ぎだとも思っていて、この「朽ちゆくヒル」と「棍棒のトロール」で迷って論理的に決めてゆくプロセスが好きだからゲームにも仲間がいて、そして議論すると上手の言っている事の方が論理や数学で正しいことも良くある。そこに「絵が好き」なんて言ってしまうと、それは笑いものになったりするのであるが、反対に絵をやめてゲームに専念するから、楽しさが半減してもう優勝とか賞金しか眼中になくなってしまう罠なのである。
棍棒のトロールをじっと見て、これはM10のパックの表紙にもなったカードで当たって嬉しかったカードなのだ。炎破のドラゴンを使っているのも同じ理由だ。それは勝ち負けとのトレードではなく、勝ち数負け数の勝率とのトレードである。こうやって勝ったら嬉しい、という線を逸脱して、ちょっとでも勝つ確率の高い方に賭ける。
もしそうなると、買い足さない事は矛盾を生む。他にも際どくて諦めているカードに「キスキンの盾持ち」などもあって、これはもうひとことで絵が可愛い。
ゲーム仲間の中には勝負としては弱くとも、面白いカードや絵の良いカードを集めて負けながらご機嫌で遊べている人もいる。それもこれも何百枚と持っていて、デュエルには40枚とか60枚に絞って出場しなくてはならない、それも40枚以上とか60枚以上であって、240枚で初めて役に立つカードとかもあるわけだが、初心者の人が40枚以上の大会でありったけ65枚とかで出場していて、40枚の方が確率的に勝ちやすいですよと指南してそれでその人は「なんか上手く行って勝ったけど・・・」とまあ、ヒカルの碁でヒカルが佐為の言いなりから自分の手を指したいと思うってこれちょっとネタバレ感あるかもだけど、勝ち負けとか賞金みたいなのは、俺は色々のゲームで「勝つ」という体験は十分に味わっていて、MTGするのも別に敗北を知りたいとかではなく、あのファンタジーっぽい世界観が好きだからみたいなのもあるし。
そうと決まれば「キスキンの盾持ち」も入れてもうちょっと違う40枚にしてみるか。そうこうしてスタメンの40枚を悩んでいるだけで、延々と遊べてしまうのです。
「朽ちゆくヒル」が強いのも分かるから、これはこれで人にはあげられないカードだけど、自分で使わないならいらないってトレードに出す判断にも迷いがあるから持ち過ぎになってスタメンに悩んでお金も時間も余分にかかっているのかも知れませんよね。
近所には持っている人を知らないから、トレードなら物々交換でと思っても要所に出かけるのにまた交通費がかかったりする。歩いていける範囲でとなると24号線のトイザらスの脇にテーブルを置いて子供たちがトレカでそんでいるのは見かけたことあるんですけどね。どうしても大きいお兄ちゃんてかもうおじさんがカード持ってきて医書に遊ぼうとか交換しようと言っても怪しいし怖いしそれで古いカードと新しカード交換したらのちのちに詐欺かなにかの入り口に誘われたような感覚を持ってしまうかもだよ。