この9年ほど、将棋ソフトの開発をしていて大会成績は振るわなかったが、思考部に三手読みをオーダーした時の回答時間が10分の1以下になった。
ソフトウェア業界というものは新しく胡散臭いイメージを持たれていることは分かるが、あるオーダーに対する回答時間が10分の1になるということは、それ以前のソフトを10倍の計算速度のコンピュータで計算させることと時間的に等価になる。消費電力も少ない。その観点からは、優れたソフトには相応の価値があると思う。
他方、財産として見たときのソフトにどれくらいの価値があるかは測り難い。10倍やって言ったやんけ、というとそうではあるがコンピュータ本体は重量があって貴金属や卑金属も含んで材料代も製造費用もかかる価値のあるものだが、それに電子的に軟装されるソフトウェアと言うものは単にデータであり容易に複製可能であり、それを現金と交換するのは詐欺ではないかと疑うものも多かった。
まあ、昨今では電子マネーと現金を平気で交換するわけだから、その抵抗感は薄らいで時代も変わっているとは思うが、ソフトの価値を認めて買った人は、当然それを利用してビジネス等で主導権を持ち、コピーはされないように隠匿する。必然的に隠匿した状態を保持するために、鍵のかかったコンピュータルームに入れる技師と言うものが秘密を保持する職業という事になる。
30代まで、その守秘業務としてのプログラマをしていた。コンピュータのユーザーつまり使用者となる企業がソフトハウスから派遣会社となった有限会社フリーライフにオーダーつまり注文を出し、ユーザー企業のコンピュータルームに入れるICカードを俺用に1枚作ってもらって受け取って、会社員と何も変わらない風貌のスーツ姿で出勤してコンピュータルームに入って、そのシステムに端末でアクセスして読み込む。改変要求はユーザーから見た簡単な変更だが、それを実装するにはまず目的のシステムがどういった構成でデータ構造はどうで、プログラムがどう書かれているかを詳細に読み込まねばならない。
仕事が終わるとICカードを返して、翌月にフリーライフの名義で振り込みがある。ここが相手企業の名義であれば証拠を取れるのだが、残念ながら派遣会社の名義になる。
30代のはじめはスカウト行為をたくさん受けた。「どうしてあんな会社で働いているんだ?ウチに来ないか」と。それが何故かと言うと新卒の時は見向きもされなかったからであるが、高い給料提示に負けて会社を変えた。株式会社エルアンドエイチ所属となって、大阪市内勤務から、やがて実家から通える奈良シャープに派遣で行くこととなる。
当時の世間からしてみると大阪のソフトハウスと言うより奈良シャープの方が年寄受けは良かった。年寄りだけではなく、同年代でも驚かれるほどだった。しかし、ソフトウェア業に対してメーカーとしてのシャープは値段の安い中国製や東南アジアの製品に押され陰りを見せ始めていた。
相変わらず、シャープの仕事も銀行口座には「エルアンドエイチ」で振り込まれる。契約が終わると、俺がシャープで働いていたという証拠はバスに乗りあわせ工場内で一緒に働いたわけで、内部従業員は皆顔を見知っているが、それでも会社員は守秘が基本であるから、外で公に何かしらの付き合いをするわけでも無かった。
そうなると、難航するのは再就職や転職である。経歴書に書けるのはメディックス社、フリーライフ社、エルアンドエイチ社のみであり、備考欄にゲームセンターアイオーとアルファビームの淀川商事を添えるのみだ。アイオーの経営会社の名前は既に忘れてしまったが。
面談で「そこでどんな仕事をされていましたか?」と聞かれて「C++で画面や入出力のUIを~」とか、専門用語しか言えない俺の目一杯のボキャが「画面」だった。そこしか相手に分からない。「画面を作られていたんですね?」「はい」
結局、次はランスタッドという派遣会社を通して奈良シャープの外郭であるユーテックに入る。まあ、こことの関係は悪くしたくないので詳しくは書かないが、非常につまらない仕事で時給も半分になり、スキルのミスマッチだったと思って半月ほどでしんどくなって行かなくなった。
当然、実家の郡山から最も近い筒井駅での通勤であり、近所に「すぐ辞めた」という噂だけが広まる。好事門を出でず悪事千里を走る。
それでも、フリーライフの竹山社長はそうなった俺をもう一度雇ってくれた。勤務先は奈良シャープになった。
その間に、将棋ソフトの大会第一回電竜戦に出場して、その旨をユーテックの連絡のつく相手にメールで送った。ソフトの仕事というものを少しでも理解してもらいたかった。
成果を勝ち負けとすると、まだ開発途上で「出ていない」という事になる。ただ、三手読みの速度が1秒を切ったという実測値を何処かの会社が買ってくれないかと思って見たとき、まだ上位に30余りのソフトがあり1本をコピーすればよいというような観点に立つと独占禁止法の有無にかかわらず、最強一択になるのもソフト業界の常。
守秘されるから、最高の仕組みが明かされず、後追いとして二番手以降の仕事があったのかもしれないとは思うと、OSSというのはある意味で残酷な現実を突きつけて来る。加えて、人の関心は指し手か棋譜であり、思考時間というものは機械学習を用いれば事前計算が基本で対局時にはメモリから指し手を呼び出し思考ロジックは事前にしか使われないのが通例で、まったく表出しないものだとも思う。
何が変わったのか分からない人のために愛嬌で画面を少し変えた。今でも画面を作っていると思ったままの人だって多いだろうと思う。多いと言って良いかは分からないが。そこに説明を加えても「横文字でペラペラしゃべって高い金を取るペテン師だ」というレッテルを貼られて、その末路がソフトハウス勤務からメーカー工場勤務なのだとも思う。機械は機械で口を利くなと言わんばかりの対応であった。
竹山社長は病気で無くなってしまい、また働くとなると就活をやり直さなければならない。そこで勤めてきた派遣会社ではなく、ユーザー企業である企業の名前をどれくらい使って良いか、使ったとして信用されるか、そこらへんは最早実直とか誠実とかではなく、面接官との駆け引きの様相を呈してくる。
悪い仕事をして来たとは思っていない。しかし、ユーザー企業との契約を勝ち取るには、まず面接官はどうにかしないといけない。世の中にはウソも多く、はじめから来る人のことなど信用していないという態度の人間をどうにか口説かなければと思う。
しかしまあ、将棋ソフトの大会で優勝などの結果があれば、説明はいらないわけで、二番手以降をどうにか買ってもらわなければならないから、俺の方がウソかも知れない。ただまあ、将棋は本気で取り組んだ期間があるとはいえ、25年の仕事の内訳で考えると本業とは言えないが、既にその界隈に入っており、人からは見られる。
優勝しか雇ってもらえないような、そんな社会だっただろうか?それでも、参加して序列が下に着いたことは就活戦線では不利に働くかもしれないなと危惧している。
将棋ベーシックはある意味で俺の表立った「顔」になってしまったのだ。「画面」よりは幾分マシになったとも思うが。
