部屋と机を片付けました

 積読消化も進めたところで最近読まない本を仕舞う本棚が満杯で、スチールラックの端にある箱の中身を見るとさらにその中にPSPの箱や遊戯王のパックが入っており、まあ捨てるに近しく置かれている物置に外箱ごと移して、そこも本棚にした。

 机が幾分スッキリして、ほこりが立ってくしゃみが出たので窓を開けて換気して軽い掃除もした。

 そもそも前に机を片付けたときは机にJUNO-Di61鍵盤のシンセサイザを置いて電子ピアノとしてピアノを練習したいというのが動機であったが、ギターもピアノも半端なうちはギターはそこそこにピアノが弾けた方が良いと思っていたけれど、ギターで色々とやりたいことが出来てくると、それは両方弾けても二足の草鞋なのではという疑念が生まれ、JUNOは壁に立てかけたままケースにホコリが付いている。いや布団があるのでチョット油断すると部屋のあらゆるものにホコリたまるのよね。

 まあピアノでは無いが鍵盤楽器を使いたい時は裸で立てかけてあるCASIO-SK1を使うんだけど、32鍵盤で主に右手用で左手の練習にはチョット使えないし、左手部分が無いという事は低い音も出ない。これ昔は不思議だったけど、ただ大きさ(鍵盤の多さ)だけのせいというわけでも無く、低い音を出す低温スピーカーの小型というのが比較的に新しい製品で、鍵盤内臓になったのがCASIO-SK1より後のことなのだろうと思う。

 当然、ギターでもドラムもベースも無いからバンドサウンドに出来ず弾き語りを中心にやっているけど、ピアノが弾けること以上にギターをギターとしてもっと弾けてバンドメンバーがいることが理想的なんだけど、俺は自己中なのでバンド仲間がいても上手くやる自信はあんまりなく、独奏をネットに上げて友達だけ見るってのでも別に構わない。視聴者のカウンタが万、千、百、十と下がって行って、ひとケタになったところで勘違いはおさまり、そこからもう一度100を超えたときは嬉しかったが、その後も結局二桁くらいである。三ケタでもライブハウスで考えると満場以上だし、過去動画でゲーム作ってみた動画が2万以上行ってるけど、お金にならないならいいやという気持ち。お金は出せないけど見てやろうって人が他のもっと上手い人に取られれて終わり。

 んで昼飯をスーパー弁当から親父が昼マック買いに行ってくれたので朝食のパンの勘定が一日ズレてキリン堂薬局でパンとコーヒーフレッシュティッシュを10箱買って800円。そういや最近家計簿が雑になって貯金を少しおろしたけど家事費の計上を忘れていたことに気付く。将来の不安を無くすためには幾ら貯めればよいのだろう。貯めたら貯めたで泥棒されないかとかの不安があった事も思い出されるが。株も放って置いたら上がると思っても値段をチェックする時間が出来て、放っているとは言い難い。

 そんなこんなで無心で何かできる時間がどんどん削られて何のための自由か分からなかったりする。大体、趣味のゲームからハイスコア全国一位とか、その前に対戦型での全国大会優勝とかを目標にした時点で楽しいゲームときつかったスポーツの練習がひっくり返ってしまった事にも今更に気付くのである。まだ軽い運動とか筋トレの方が必ず結果が付いて来て筋肉は裏切らないとか楽しいとか思ってしまうほどだ。

 そういえば先々週あたり、ブログにはしなかった気がするが春日風呂を試した。汗をかいてシャワーを浴びれない時に芸能人オードリーの春日がウェットティッシュで体を拭いて風呂の代わりとしたって貧乏エピソードをテレビで見たことがあって、汗がべたついて苦しい時に除菌アルコールウェットティッシュ1枚を何度も畳んで脇やら首やら背中やらおしりまで、拭いてみると汗のべたつきが取れて快眠であった。これ究極まで贅沢にしたらコンビニのギャッツビーとか、サラリーマン時代に通勤で汗かいて職場についたら夏場にはふきふきしている奴がいたものだが、俺のはダイソーのウェッティでしかも1枚である。春日がそうなのも風呂のガスや水道代より安いからだと思う。

 さて、文句ブログ書いてないで机をもうちょっと片付けたら、まあJUNOの置き場が出来るのだろうけど、最近になってJUNOとJUNKOを空目した時があって、時系列はまだ整理できていないものの欧米でコシノジュンコが認められたとかいうの、JONOとJUNKOの空目を見越したものだったのじゃないか説が浮かぶ。字体といいホントにそうなんじゃないかと思う。

 子供の頃は姉と相部屋で中学になってから二回の客間を占領して自分の部屋としたのを親父に「ワシより広いとこに住んどる」爺さん「わっはっは」から高校でリフォームが来て今の部屋になった時に狭さに発狂したが、谷六での独り暮らしから帰ってきたら二世帯とはいえ自分の家がどのくらい金持ちだったか良く分かるようになった。

 ただ、有り金とか家の問題としてはカネモで広くても、収入はサラリーマンの方が自営業より安定していて、結局親父の店を継ぐより派遣で働いては休んでそのカネをパチンコやゲーセンで使って無くしてまた働いていた。それからひょんなことで貯金生活に変わり今があるわけだが、歳が47歳になって人生の終わりを意識するようになった。

 楽しいことは色々やったと思う。ただ「かりゆし56」だったか「もうすぐ今日が終わるやり残したことはないかい」を口ずさんでしまうこともある。今日はそこまで感傷的ではない。まあ部屋を片付けて、そこにまた何か新しい趣味を詰めようとしている。仕事も何か出来ないかとそれは毎日のように思っている。けど店を開けても客は無い。銀行とか外の人から見て親父の店の繫盛は立地の良さだと思われて、親父も借金を抱えて土地ごとかっさらわれそうになったこともあるけど、結局のところ俺から見た南都銀行生駒市を見たら分かるように住宅ローンと家賃ビジネスしかしておらず京都や大阪で仕事をして奈良に家を買うというのが定番で、奈良で実業をするというのが考えても考えても今のこの文筆と音楽とゲーム制作とあとそんなには出来ていないがマンガ描くくらいしか思いつかず、それで親父の店が親父の人脈で何とかなっているものだと分かるようになり、商売は難しいが銀行に先祖から譲り受けたこの土地を取られるのも悔しいから、ここで何か抵抗したいと思ってはいるのだが。結局派遣SEも国か銀行からカネが出ないと、顧客から出て収支の回るビジネスとしてはまだ成功できていないわけで。

 まあ実業というとテレビで良くある「青年実業家」とかイーロンマスクの影響で金持ちが何かをすることだという誤解があるが、俺にとっての実業の定義は「労働で対価となるものを作る」というこの一点にあり、昨冬は青森からリンゴが届き奈良のみかんをスーパーで買うとおばちゃんたちも釣られて買って、売り切れるほどであった。月並みに地産地消。その延長に今のコメ問題があると思う。内需拡大

 まあ、ブログに音楽と言っても実業としては芽が出た程度で苗木になる前に枯れる可能性も高くお坊ちゃんの趣味に毛が生えたその毛の事を言っているだけです。


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