今ではただの独白となっているこの「はてなブログ」ですが、ウェブ2.0の頃には絡んでくれる人も何人かいました。その中で住職をしていたタマさんが「矛盾を受け入れること」と仰っていて、俺は生意気にもそれと形式論理学で戦ったんですよね。
今更に分かるんですが、人間の心というのは多くの矛盾を抱えているもので、しかしその矛盾は時間に伴う変化で解消されてゆく。同時に突き付けられると矛盾しているようでも、ある時はこうで別の時はああという勝手さは生物として自然なことなんです。
けどまあ、ネット論壇において文面でいちどに全ての議題が出尽くすと、そこに論理学を持ち込んで勝って優越感に浸っていたんですよね。そうであるために、どんなに辛くても相手の方が論理的に正しいとなったときは堪えて飲んでいたんですよね。
その辛抱を、やめてみてちょっと楽になりました。結局、グチャグチャの人間を論理で律するにも、論理の出発点が言論の場合「アイツがこう言ったから」から始まっているんですよね。俺の場合も俺が幼い時に姉ちゃんが言ったこと、親父が言ったこと、婆さんが言ったこと、爺さんと母親はそういうのが無くて、甘やかして俺の言う事を聞いてくれた。けどそれが親父となると「お前がこう言ったんだぞ!」と言を貫けというような、退路を断つような、それでいていつだったか親父の間違いを指摘すると真っ赤になって殴ってきて。全体的には優しい親父だったのかもだけど、その殴られた痛みと記憶が俺の親父の怖さの中枢になって、そのまま対立して家を出たこともあって。
家を出ると会社でカネもらわないと生きていけないと思って、社長やお客さんに逆らえなくなってというか、いちど逆らって仕事を奪われて、ルンペンみたいになって、実家に戻って来て入院もして今に続くわけですが、世の中全ての仕事に対してどうと言えるわけではないけど、俺の経験上では仕事ってのはお金を出す側の人が無茶を言っていても聞かなければならないものだと思ってきました。ここも、もっかい詰めたい。
ケンカが起こって、意見が対立して、どちらかの意見が論理学で強められて、負けた方が渋々従ったとしても、その正論が勝つための正論であったなら、負けた方はもちろん不幸だし、勝った方にも何らか目を瞑っている感情が残るはずなんですよ。
簡単に言って売り言葉に買い言葉でケンカが始まって、引けなくて押し問答になって勝っちゃったけど、始めから買い言葉で言っちゃった事がウソだったのに論理武装されて本当みたいになっちゃってどうしようってなっている人とか、ネットに無数にいる。
それって、子供のネット議論が社会の縮図として映しているもので、展開すると世の中の人間関係にも一見して意見が通っているけど、そのハッタリどこまで押し通すの?という困った大人が段々と弱音を吐き始めて、それを経て自由に近づくと思うんです。
まあ、勝ち負けで言うと負けられるようにはなったと思います。まあ様々の悩みは俺がもっとギター上手くなりゃ解決するんですけどね。音楽で身が立たなくて技術者になってパソコンのプログラム技術を巡って論戦に夢中になっていたわけですから。厚生年金を巡る議論も、俺がデビューしてCD売れたりライブ集客があれば年金また払う側に成れる。
ただ、そうじゃない人もいて、論議すると大体負けるんだけど、それでも生きていてメシ代はかかって、なんとも身につまされる思いを抱えてそれでも人間らしい生活をさせてもらえる日本国憲法って良い憲法だなと思うけど、立場が反対になると「荷物背負って税金払わされている」という不満があるのもそれはそれで正論であって。
まあ今は半導体関連が国策だから技術者ってのが食えているだけで、カセットテープが技術の先端だった時代にはそれに音楽を詰めるミュージシャンとかバンドマンが社会的な意義を強められていたとも思うんですよね。
コンピュータも音楽もどこ向いて進んできゃ良いのか分からないような仕事ですよ。そうなっちまって、初めてルーティンワークから外れて悩みのある人間になってきた気がしますね。さてこれからどう生きようかというようなさ。
