さてイベントを進めてあとは宿屋に泊まるだけ、というところでお祈り。
レベル10まで上げたのでレベル99まで1割程度は進行したことに。なる?
現在6時間48分だが、エンゴウの町の病気で寝ている婆さんの世話をする若者が薬を取りに行ったあとの婆さんの台詞が妙に刺さりました。堀井節というとそれまでですが、子供の頃だと何気ない話だと思っていたとしても(まあ俺がDQ7遊んだの子供の時ではなく22歳くらいだと思うけど)読み流していたものがやたら心に染みてくる。
長老の話とかも長いの分かり切っている大事なイベントとか、もう先に先にでパパッと読み飛ばしちゃって来たんですよね。やり出す前は正直「もう1回なんてかったるいな」と思ってたけど、ここまで進んで「もう1回やって良かった」と心から思いました。レベル上げて強くなって行く感覚も取り戻したからね。
レベル上げって数字が大きい方が強いという単純なものなんだけど、レベルが7から8になった時は手ごわかった相手が8から9になったくらいじゃ変わらないけど、9から10になってくると一撃で倒せることがあったり、繰り返しの中でじわじわ効いて来る。この感覚が格闘ゲームのトレモにもあって、コンボ思いついてトレモで試して1回出来た感覚がつかめるとそれを頼りに毎回できるまで練習して確度を上げて行く。
ただまあ、俺の格闘ゲームはトレモで上がったのコマンドテクだけでその技術はドラクエで言うと「ちから」でしかなく、「かしこさ」が効いてきたのはもっと後の事。頑張り依存だったと思う。そして冒険の旅では無くてドラクエIIIの闘技場みたいな無意味な戦闘だったかもしれん。無意味というか余興というか。
何のために戦うのかは今も分からんが、地図を地図として使った経験が少なく、天から見た絵と現実世界を結びつけるのも下手で、こないだ隣町まで歩いて行くのも迷った。そこで行き過ぎたところで人に聞いてスマホの地図見せて説明してもらった。
んー、IT系といってスマホ持ってても地図読めないのは減点だよ。けどそれでDQ7で地図を集めて過去に戻って(ネタバレ御免)謎を解くと現在が変わるっての、ちょっと没入感が上がった。
ゲームのシナリオを理解する上での現実体験が小学校の低学年で止まってた気がする。そっから座学中心で通学も通勤もルーティンにしがちだったからね。新しい場所は電車の路線図と案内標識と人の助けで行って、覚えた場所を何度も往復する。まあ大阪なら歩き回ってミナミ近辺は土地勘あるけど梅田も迷うし、地元である奈良の車道は国道くらいの大枠でしか分かっていない。奈良の田舎の何もない所に車で遊びに行くという発想からして無い。都市部に買い物とかイベントに行くのではなく、湖に夜中に行って星を見るとか、そういう車の使い方する友人と遊んだ時は「ほえー」と思ったもの。
けど俺も付き合いが悪かったし、友人も忙しいんだか愛想尽かしたか不仲になった。
まあ俺がインドア趣味に過ぎるのだろうとは思うけど、家から出ても都市部に移動するから、反対にクルマの入れない都市部の徒歩移動にその友人は不慣れで、知らない街でちょっと上手そうな店を探すとか言うの、まあ俺が味の分からんもんでも傷んでるかもしれないもんでも怖がらずに食って来て腹も下して覚えてきたことだが、ぐるなびとかで予習しないと食いに行かない友人がアウトドアでも、デコボココンビではあった。
占いババのパミラ様でもMTGの青のカード「予言」を好きになってから会うとまた違って見える。仕事をしているように見えるんだ。その前はイベント用NPCで店でも無いしフラグ取るためにいるだけ、みたいなのが生き生きして見える。
あとはまあ、次に遊ぶときにはヴォルカニックアイランドとかヴォルカニックゲイザーのカードをイメージして遊ぶと思うが、ヴォルカニックヴァイパーはまた別のゲーム。英単語、まあまあ強い自負が以前はあったけど、最近国語力がそれを遥かに上回る粒度になって、学校で習って技術書読んだくらいの英語は恐らく上滑っているのだろうなと思うようになった。英ニュースとかで出る英文の単語量が少なすぎて反対に意味分からなかったりする。生きた言葉に触れていないなぁ、という感じ。活字主体やし。
