ゆるい哲学観とミクロ・マクロの話

 まあ昨日の話、未来予測のパラドクスと哲学観の話。

 科学なら天文でも特に太陽と月の周期から年月日と時間が定まって、日付を数え始めて少ない方が昔で多い方が未来であるというような時間尺度で持って過去と未来を比べるべきであるとするのだろうが、目が覚めてそこに日付を示すものがあって太陽暦の知識があってもその日付を示すものが狂っていないという保証は無いし悪い夢かもしれないというような哲学観とは相容れないわけでして。

 このへん、科学で話をしようと持ち掛けて平然と「ムカつく」という人は話にならない。まあ小学校で「ショーコ見せろや!」「それ何時何分何十秒の事ですかー?」とか相当に煽られて、警察みたいにカッキリしてないといけないのが嫌いってのが変な哲学観になって行く入口だったのかもだけど、俺はそのへんカッキリしていれば即正解というのには懐疑的な人間です。人ってもっと曖昧模糊としたものを内在していると思うので。

 今日はドラクエ7をエンゴウの続きからネタバレ軽めに夢オチから再挑戦で解決。取って来いと言われた意外なアイテムを既に持っていて即解決するという。レベルは10のまま。11になったらまた写真付きでアップする予定です。

 何というか、厳密を求めるのって案外科学的では無くて、自分で顕微鏡をのぞいた経験があるなら、倍率上げ過ぎたら反対にモノの外形より絵が大きくなって何のことかわからなくなる経験をすると思うので、ミクロであれマクロであれ、絵として分かるピントというものが帯域的に存在すると思ってて、それ帯域こそ本当の厳密とか正確というもの。分かり難い人文でも、うすらぼけると理解できることがあるというもの。

 そうでないと、科学的再現というのは常に何時何分何十秒の尺度でもってすると、絶対に別時間であることがほとんど、予定していたロケットの打ち上げや今日のニュースであったブルーインパルスの飛行を皆で見るような催しなら同時刻だけど、科学ってそうじゃなくてある時にどこかで起こったことが同じ条件を踏めば再現できるということであるわけで、その同じ条件というのは必要十分があって、天文を外すと温度湿度とか物質要件だけの理科実験になりがち。それをおおむね物理とか化学とか言うのよね。

 いやまあ、晩飯の時間なので今日はそんだけの話ですが。話を始める前にすり合わせておかないといけない事って結構あって、けど「分かっていない人」と断じていた人の話でも、ぼんやりすると共感できる話ってあるんですよね。例えばストIIダルシムは最強候補だけど、全国のゲーセンに初代ストIIの台があるって条件のが考えたらおかしくて、ストZERO2になって負けたら別の絵だけど同じように見える絵で名前もダルシムで「ダルシムが負けた」になるようなことを、オタでストIIストZERO2の鑑識がハッキリしている人には理解できない話でも、人づての話としては理解できることがある。

 ネットで飛び交う話がなんらかおかしくても、そこで相手のこと考えたらそうじゃないかなって所の話を、まあ気に食わない人がいるのも分かるんですけどね。


🄫1999-2025 id:karmen