
153回目はこのあと6回でモンスターハウスに挑んで倒された。大砲の壺に大砲の弾を入れて発射すると至近距離で自分が爆風を受けて大砲で消されたモンスターの経験値は入らないなど、知らないこと多すぎた。いやかすかには知っていたが。忘れてた。

そしてすぐさま気を取り直してもう1回。そのもう1回が15分のレベル上げ。経験値何ポイントで次のレベルか覚えて、満腹度やアイテムとの相談。相談てか浅い階では識別。
てか初代トルネコの大冒険は「ちょっと不思議」ではぐれメタルの剣をもらえるくらいヌルかったが、不思議のダンジョンを解く程度に成長して「もっと不思議」は諦めたような記憶もあるんだけど、箱持って帰るくらいまでやって、99回まで潜れるの知らなかったとか、そんな記憶もある。30年以上前やからね。アニオタの高田がファミ通で点数良かったからとウルフェンシュタイン3Dとトルネコの大冒険を買って遊ばんからって貸してくれたんや。そこは覚えてる。あと「らんま1/2爆裂乱闘編」なんかは貸してくれるんじゃなくて「もうやるわ」と、くれた。お坊ちゃん校でうちの親は無理して行かせてくれた感じだが、アニオタに囲まれその中ではウチは一番貧乏だった。小遣い的にな。総資産とか、そういうので比べているわけではない。
しかし、同じ学校にも小遣いなど無い!くらいの勢いで勉強している同級生もいたようで、しかし隠しているだけでパソコンを持っていたとか、隠し財産はあったと思う。
俺と西野は成績も振るわなく、なんか分けてもらえる立場だったが、中学の時から比べると6年通って4年目か5年目で編入生が来て、体格の良い運動部が幅を利かす肉体的ヒエラルキーはあるものの、文治政治で小柄でも成績の良いものが上に立った。
まあ最近の入試は部活や内申が俺らの頃より高配点らしいが、俺ん時で学科70内申30だったはず。俺は不良だったが、学科成績が悪い時進級点を付けないと留年くらいヤバかったのだが、留年でると面倒なので内申付けて無理やり進級みたいな高一時代があり、高三は猛勉強したが、むりぽだった。分からない授業を一生懸命聞いても分からない、あのころのワケの分からなさの苦痛をよく覚えていて、苦痛の経験が「頑張ったのに」という悔いになっていたが、勉強して分かるようになったものからすると普通の授業体験だったのだろうなとも振り返る。分からない苦痛。その点に尽きる。
そのへん、京極夏彦の中に出てくる「まるで周りの生徒の言葉が異国のようで~」というような下りは、中学高校くらいなら誰しもとは言わないが、語意の理解が追いついていない劣等生に共通する体験なのであろうが、でも京極夏彦が劣等生なわけはないので、この描写が自身の体験から紡がれたか、それとも読書体験から来たものかってこの話前にも書いたっけ?既視感がある。
その一方でまあ高校から大学はダメだった俺の進学先は専門学校で、そこから独学でC++を学び、ユニオンシステムに3年勤めてから関西各社を回っていたが、その頃話の合う人が皆無で、派遣という仕事上なんとか出てきた単語で話の合いそうな職場を斡旋業者が聞き込みや営業で捕まえて来てくれて、いきなり会社の中でも一部の人しか入れないICロックのかかった研究室みたいなところに椅子をもらってポンと入る。
不思議な体験だったが、そこではC++で話が合い、仕事が出来て、給料も上がった。だが社会とは確実に隔絶されて行っていた。
ある日「もう仕事が無いんだ」と電話が入り、無職となり、病院に送られ、浮浪者同然となって今の家に帰って来て、親父に飼われてどうやら本当に息子らしいと分かったのか何なのか、また入院。退院してから15年通院でお薬をもらって毎日飲んでいる。
トルネコの大冒険SFC版では、ダンジョンの中で倒されるとももんじゃの群れに蹴っ飛ばされてダンジョンの外に追い払われる描写が入っていたので、死んだとかではなくコテンパンでまた目が覚めるとレベル1というのに説得力があったが、トルネコ3は倒されてもレベルが下がらず、異世界の迷宮だけは必ずレベル1に戻されて始まる。
この基本ルールですら、多様化したゲームソフト群で人と話をする前に押さえておかないといけないポイントかも知れない。「トルネコ3ってレベル下がらないんじゃないでしたっけ?」って人もいればその前提で「なんでⅠからやり直しやねん!お前やってないやろ?」くらいまで飛躍して人を嘘つき呼ばわりする人もいるくらい。
人の輪とネットのコミュはチョット違うかもだが、話の通じるコミュに入れたとは思う。ただそれはC++を勉強していた頃の自分が夢見たIT企業でのスキルアップや出世とは全然違う形で、世間的には親のすねかじりを47歳までやってしまっている、みたいな感じになっている。「C++での開発現場」みたいなのが町人からすると異世界だが、大阪のビル街のエリートサラリーマンというのは全部まとめて何かは分からないが、忍者の普段着がイタリアンスーツであるように、何故かプログラマも作業着ではなくスーツで出社してビル街の中のセキュリティルームで組み込み開発をしている。
東京じゃどうなんだろうな?バブルの頃のCSKというと丁度俺が大阪にいた頃と事情が似ているらしいが。東京に出ても通じるか腕を試したいと思うながら、それより先にネットで頭角を現したかった。現せたか?わからないままニートのような生活。
けど受験が苦痛であったのが、今では良い思い出に出来るように、失ってしまったITエンジニアのキャリアも、冒険の記録として、レベル1に異世界転生しても何処かには残っているだろうし、俺の胸の中にも確かにその場所があるのだ。それでいい。
大切なのは「今」で過去は関係ないという人とは話が合わない。今に対する認識が鈍くぼやけているのが病気なのかもしれんがな。そこは苦しい所。
なんか大学受験があって通ったら大学生から正社員、落ちたら専門学校から派遣社員みたいに二分割の枝分かれでしか物事を判じられない人がいるのも分かるが、そういうことではない。いろんな正社員がいるし、派遣社員は資格かスキルがいる。だがスキルアップと言っても旧態依然と技術職は事務職より下という産業構造つまり工場は銀行からカネ借りてモノ作って売るみたいな先入観があって、かといって昨今はITのが花形っぽいが世の中暇なのにITだけカネ積まれて激務。そんなにカネのいらない暮らしをしちゃうほうが楽で幸せみたいな価値観もそれはそれで横行する。
ITの花形はテレワークで小銭をニートにバラまいて在宅ワークさせてスキルアップの夢で釣るための幻かも知れないと思うこともあるが、20代の俺は見る人から見たらその花形にいたのだろう。だが失職して入院して、奈良で自宅から通える仕事を探しても工場の組み込みプログラムくらいしか見つからない。斡旋業者も面倒がってネットでビズリーチとかインディードとかそういうので探してみたら?と来たもんだ。
近そうでまだ遠い大阪~ってその歌はシチュエーション的に違うと思うなぁ。