トルネコ3異世界171回目(え?そこまで?)

 「カネがあるやつはプログラムなんて組まんよ」通信大手N社京都営業所に派遣されていた頃に電車で一緒に帰ることとなった管理職の速水さんは言った。「でもビルゲイツとか自分でOS作ってマイクロソフトの社長になったんじゃないんですか?」「そうだね」呆れて返された。その時はマイクロソフトの創業当時のメンバーに日本人がいたのも知らなかった。「だいたいね、赤ちゃんが幼稚園になって数字が分かって来るとおもちゃではなく値段でねだるようになってくるんだ」この言葉が高給を求めて転職をはじめた俺に対する速水さんの精一杯の皮肉だと分かったのは電車を降りたあとである。

 ニートになって7年。することがなくトルネコ3の異世界を掘っている。だが、邪悪な風穴を突破してエンディング後にいきなり異世界を目指すのではなく、普通より難しいダンジョンは何種類かあり、それから始めた方が良いのではとアドバイスをくれる子供たち(といっても良い歳かもだが)はみな通常世界のトルネコもポポロもレベル99だ。俺のトルネコはクリアした時の25。バレイナのほら穴に何度も挑んで世界樹の葉を10枚くらい集めてから封印の洞窟に行ったりしたんだろうなと想像する。

 でも、そこまで?そういう退屈なこと全部飽きてから異世界があるのかもだけど、俺にとって異世界ってもうちょっとカジュアルで、持ち込みなし、レベル1からだから、ミニゲーム感覚で始められて、それでいて99階までと奥が深い。

 結果171回ちゅう40回くらいは通常世界なので130回くらい潜って20階到達が2回。そこを超えて深層部に行くと敵が強いわけだけど、他のダンジョンで持ち込みありレベル維持で予行演習をしておかないと面食らって負けるだろうなとも思う。

 んでレベル上げとアイテム集めをコスタリベラ周りでやってみたんだけど、飽きた。

 そして倉庫にアイテムを預け、銀行にゴールドを預けられることを思い出して、全部預けてまた異世界に潜っている。トルネコの大冒険3のクリアまでの世界は不思議のダンジョンに潜りたい俺には「余計なもの」にいつしかなっていた。

 ただ、気付いたのは世界のどのシーンにも異なる音楽がかかっていて、遠い過去の事だが俺はいわゆる「普通の冒険」は終わった人なのだなと。

 けど、どうして異世界の迷宮にこだわるのかというと、僅かばかりの退職金もサラリーマン時代の貯金もパチスロにハマれば無くなってしまうかもだが、子供の玩具のゲーム機とそれを補佐する攻略本くらい買おうと思えば相当買えて、買い替えても確かに違うと言えば全然違うもので絵柄も音楽も無数にあって、遊戯王のカードも絵柄違いを無数に安価に集められるおもちゃだし、音楽レコードだってたくさん持っている。

 その閉塞に、またいつでもレベル1から始められる異世界ミニゲームのようで奥が深く、心にしっくり来たのだが、どうしても(100回くらいだが)越せなくて、なんでもネットで検索できるAIが答えてくれる便利社会に攻略本を上下巻セットで通販でポンと買い、それでも越せない。改造すれば行けるかもだけど、設定した目標を変えないで、いきなりメチャメチャ遠い所に簡単に「やろう!」と思ってしまったのだな。

 そう、多少お金があってもどうにもならないものはどうにもならない。そこへ来て、ネットでは越せた人のアカウントとも連絡が取れて、2年かかったとか4年かかったとか、その2年もなかなかに「みっちり」のようで、とりあえず「おーい」は届く。

 そう、でも「そこまで解きたい?」と問うと「やってやんよ」とは意気込んだものの、歳もあるし酒とタバコはやめらんないし、なんなんだろうな、と思った。

 そこへ来て、ふとN社の速水さんの言葉が染みてくる。「カネのあるやつはプログラムなんて組まんよ」そう、俺があると思っていた分量なんてはした金で、それでもプログラムを組んで将棋大会に出ようとした時はもっと大きな成功を夢見ていたのが、段々とプログラムを組まず、ゲームで遊ぶようになり、そのゲームの攻略も検索で済むものはそうして、しまいに情報が出尽くして「くじ引きでは無いのか?」と思うようなそのトルネコ異世界に仕方がないからまた挑む、この心境は何だか自分でも分からない。

 そう、99階までを目標としているようで、10階くらいのミニゲームで満足する。

 骨太に99階まで目指すには予行演習や準備がいるとして、他の高難度ダンジョンからというのは理屈じゃわかるがすぐ飽きる。挑戦というか惰性というか、どっちだ?

 いやホントはSFC版のトルネコの大冒険風来のシレンでもテーブルマウンテンくらいで充分楽しくて、それを越せたことが俺の人生での小さな勲章だったんですよ。

 だけど、山はそこにある。もっと不思議なダンジョンやフェイの最終問題があるんですよ。んでカネ無さそうに部屋に籠ってそれ掘ってた旧知の仲間もあったんですけど、仕事して無くて小遣いなくても家でメシあるってカネあるんですよ。いつまでもあると思うな親とカネは現代で20代に言うのは早すぎて、俺はしなくていい仕事をしていたんじゃないかと。

 引きこもりに到達された99階に一介の派遣社員を選んだ俺がカネで片付かないでヤキモキしているんですよね。病気で退職して、てかホントにカネ無い時は病気を隠して勤めていたんですけど、退職してもひとまずメシは当たるようになって。親父の店もあって。

 自分ちでトルネコ掘るってもう上手いとか下手ももちろんあるけど、際限のない根競べみたいなもんで、それ4年出来たんだなぁと。4年どころか発売からだと20年経っているのかな。これもうシンプルに俺が子供の頃のファミコンの「色々持っている子と1本だけの子」問題と同じことなのかもなと。

 まあ、あとは目標を掲げて達成できない情けない人になるのも嫌な気持ちではあるけれど、ああヤバい目標立てちまったなとも思っていて、軌道修正とか目標訂正出来るなら、ハッピーになる別の道を探しながら、いやそれはそれでもう一回続き掘ってみます。


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