RPGに久しぶりに夢中になった

 ペルソナ3学園の過去から夏休みまで一気に進めた。ネタバレしないのが難しい。

 まあ、このゲームを類作に例えると「学園モノアドベンチャー(ときめも)」に深夜の学園に忍び込む「ダンジョンRPG」の両輪で話が進んでいく仕様となっている。

 RPGも戦闘を抜いたら移動シーンのあるアドベンチャーになる。シナリオが面白いものもあれば、戦闘システムがこっている作品もあり、本作はどっちかなというと、まあ、ゆっくり時間をかけないと攻略出来ないダンジョンRPGをかったるいと思わなければ、グイグイ引き込まれるシナリオとなっている。ただまあ、戦闘での「おあずけ」があるからやっと進んだシナリオにちょっとひねりがあって「おっ」と思うだけで、凡庸な学園モノアドベンチャーをあまりやらない俺にとっての学園モノのひとつ。

 なんだかんだプレイ時間の総計は22時間を超えているので、映画11本分のシナリオの深みがあるかと問われると、ゲーム。うん、ダンジョン潜ってるだけ。

 かったるいところで「おあずけ」また喰らったなぁ、というところでセーブして終了。まあ、このゲームの話で誰かと盛り上がるということも多分無い。ひとりの暗い趣味としてあり、同じものを遊んだというとお前も暗いやつなのだなと思うくらい。

 ただ、ゲームには勝ち負けがつきもので「進行度」を競う意味ではクリアした人間には負けていて、昨日くらいまではそれが悔しい気持ちの元になっていたが、遊んで進めて楽しいとその気持ちは救われる。そして進めてつまらなくなり、そこを越したやつもいるのだなと思うと、また負けたのだなと思う。そしてまあまあ清々しい。

 俺は俺でシナリオが進むと出てくる関西弁のとあるキャラにハマっている(人から見たらそいつに見える)らしいが、主人公だとして見ると伊織順平のような同級生がいた。一見してバカキャラであり、高校の偏差値の割には進学先はバカ私大なわけだが、俺が国公立を受験して廃校を理由に進学できず、それは彼からしたらアイツ落ちたざまーみろがものすごく、そして「落ちた」が俺のトラウマで、俺が専門学校に進学したら彼はやたら「ヨンダイ」という新しい単語を使って自分は四年制大学だから二年の専門学校より偉いというマウントをしてきて、卒業後の進路にして彼が飲食店、俺が派遣社員(コンピュータ関係)となり、音信不通の絶交状態になるまで周囲も二人の関係を面白がっていじり続けた。

 そして就職先の問題も俺が離職して穏やかになったところで、姉の子供が小学生になって、勉強を教えられない俺に泣きついて来たところで俺が上手いこと教えると、親父(姉の子供からすると爺さん)と義兄さんが焼きもちを焼いてボソッと「落ちた」と言われてギョッとする、というのが子供が高校を出るまで続いた。

 大学も、幻想だなと思うようになって来ている。研究者に成れるならともかく、私大を出て何故に飲食店なんだというおれに彼は素直に「食べに来てくれ」と言わず給料の差が公平でないからどうのこうのと噛みついて来て、それに一度は行ったが美味しくなかった。化学の勉強でもして調味で美味しいならともかく、何か実があったのかと。彼が任される前に給仕をしていたころの難波の店はおいしかったのだがな。

 そのへんは東大卒の中野信子がテレビ番組でスーパーのチラシを心理学に基づいて作成して、売り上げが上がるか実験したら変わらなかったように、中高卒のやる気を出すために大卒の仕事は何も成果が無いというようなマスコミの放送は時々あるのだけど、大学の進学率が上がってくると、視聴者も中高卒より大卒の割合が増えるわけで「チコちゃんに叱られる」のように大学のメンツを保つ番組も増えてきたものだと思う。

 じゃあこうして批判をしている専門卒の俺はどうなんだというと、情報処理技術者でも旧二種は持っていても、新制度の応用情報は一度受験して落ちており、それにも「落ちた」が刺さっていることはあった。

 名誉挽回のため挑んだコンピュータ将棋の大会も可哀そうだから大目に見て出場させてもらっているところから「研究成果」なんてのは偉そうだとも思うが、その時点で国内にひと握りしか分かる人が居ないわけで、将棋ソフトの話をしても分かる人がいない。そりゃ22歳でゲーム会社アルバイト、23歳から構造計算、派遣SEとして企業システムを多数経験しており、頭が半分コンピュータで口を開けたら専門用語しか出てこないというところから退職して住居のある商店街に馴染みなおして老後までのあと十年をどうするかとなった時に直近十年は将棋ソフトに何らか携わったわけで、研究成果なんてのは失敗から来た何の挑戦でも得られる経験ではあるよな。

 その辺の人生の悔いをあらためるべく、学園モノのペルソナ3を楽しんで昔の事は昔の事でゲームの中はゲームの中、俺の人生はというと昔の事を振り返るのかゲームをしているのかというと、昔の事を振り返りながらゲームに感情移入していたら、段々ととんでもないシナリオになって来てゲームの外に放り出され、伊織順平に似た彼は今はどうしているだろうとふと思うと、大学在学中はまるで高校の時の俺のように振る舞っていたらしい。バカキャラが嫌だったのだなと思うのだが、いつからか給仕になっていた。

 そんな俺も優等生キャラだったくせに専門卒だが、今はそれすら感じられない自営業での親父(爺さん)の子役である。イタリアンスーツを着て高層マンションから地下鉄で通勤するあの頃はもうない。

 けど、その頃から高校まで巻き戻してみると、専門学校から在職中はメチャ勉強したので「プログラムってどうやって組むんですか?」などとザックリ聞かれて、説明しだして「もういいです」とか、「見ておけ」とはじめて「もういいよ」となったことは数知れないわけで、小中高大で16年なわけで、俺のプログラマ歴が20年なわけだから、いくらプログラマというのが高給で仕事サボってタバコ吸ってコーヒー飲んでいるように見えたとしても「こうするんやで」と簡単に教えられるようなものではないから専門職として立ち位置があるわけで。

 それでフローチャートと基本文法が入門書としてあるなら、基本以上応用未満で詰まっている人にはまず「アルゴリズムとデータ構造」だろう、というところが将棋ソフト界隈からも教職が出て来て分かって来たところなのである。ホントに専門学校時代には「何のために学ぶんだろう?」と思ったくらいの事だが、プログラマからシステムエンジニアになるに際し、キャリアアップのためには必要なプロセスのひとつだ。

 もちろん「アルゴリズムとデータ構造」のあとにはデータベースなどもあるが、グラフ理論だけで3DCGが分かるかというと、俺の出ているコンピュータグラフィクス専攻学科というのも周りの卒業生を見ると「そんなに大したところか?」と思ってしまっているが、周りの卒業生の視点から俺を見るとため息をつかれるような差があった。

 けどそれも、ブログの文筆ではまあ伝わらないよな。それに今ため息をついているのはネットでクリエイションで花を咲かせている業界トップとの差を思う俺の方だ。つまり俺がため息をつく側に回っている。はぁ、って感じだ。

 そう、高校くらいまで戻ってみると、来た道の長さがそれなりにあることが分かった。教えてやり方が簡単に分かったら、学校でも落第は出ない。ただ本人にやる気があって学びに来ているのに何も提示できていないのは不味いなとOSSをやってみたが、ついて来たのは一人くらい。「うーん、ついてきているかも?」と思うのはまあ他の人からも教わっているだろうから、もう放っておいても俺に用事はないだろうと。

 後進を育てるか先達から学ぶかでいうと、俺の方も歩みを止めて大丈夫かと思うのだが、今日のペルソナ3を夏休みまで一気に進めるくらいの息抜きの日があって、不眠症とか疲れが取れないとかで薬を飲んでいる俺が病気を忘れて没頭できたのが、ちょっとした回復の兆候にも思えている。

 何かやらなきゃな、と思っていつもパソコンに向かったら、せめてブログは書いている。本業はプログラマだったとはいえ、絵を描いたり音楽をする方が叶えたい夢に近く、そして芸術面では全然でプログラムを組んで絵をゲームの駒にして初めて、ちょっとは何か出来るやつじゃん、という評価が下っているかどうかは微妙なところ。

 その意味ではペルソナ3とか同じアトラスの「世界樹の迷宮」とかはため息ではなく「これくらいでも売れるのね」という安堵感のある作品ではあると思う。休まる。

 PS5は欲しいというより買う前にデモを見ただけで「業界トップはここまでやらないとダメか?」というため息の出る幻のアイテムでしかない。疲れる。CG学科とは?


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