
なかなか「これから続きを遊んだら上手くいきそうだな」というイメージが持てず、放置していたトルネコ3を1階だけ降りてみようとして上手く行った。モンスターハウスがあったが、入口手前から矢で倒せる範囲のモンスターを全部倒してアイテムも見えたがアイテム欄が満杯なので踏み込まずに階段で中断。後から考えると未識別の草や巻物があったので、階段の上で飲んだり読んだりして減らしてモンスターハウスに攻め入るのが良かったかもだが、例によって便意が来たので俺の体調も合わせて最善手(本当に?)
朝食はコロッケパンとミルクティーで、特にカフェオレであることが多い俺の毎日の朝食で気分を変えるためのミルクティーは薬効的にリラックスらしいが、そう考えるとトルネコ3異世界から得られているものは緊張であるとも言い換えられる。愛らしいトルネコ親父のほのぼのとした冒険というリラックスを得たいはずが、迷宮深部になるとそれが緊張となる。慣れて緊張しないマインドを得たいとも願っているやもしれず。今日も7分やって緊張して、後に階段を降りてほっとした。それからその階の反省。
麻雀でもいちいち緊張していた時期がある。今はリラックスして打てるが、慣れるまでどのくらいかかるだろうな。あと関係無い事だが、9月の手帳の字が汚い。ものぐさでノートを取らなかった俺が30過ぎて勉強をやり直そうとしてから、ノートは自分で見返して読める程度には字を綺麗にと心がけていたが、最近はまた頭が冴えて来て考える方が字を書くより早く、トーストと書こうとしてトスと書いてしまって塗りつぶすとか、思考の速さと字を書く速さの不一致で、結果汚くても速く書こうとしてしまう。
このへん、トルネコ3でも忙しく先回って考えるのではなく「今の最善手」に集中しないと良い結果は出ないかもだ。あれもこれもやりたくて時間が無いと思いがちだが実は暇のし放題というか頭の中と現実世界の乖離が進んで行くのが字の汚さに出ていると思う。鼻をすすって靴下を履いた。裸足にスリッパでブログを書きながら足が冷えていた。
秋になったら図書館に行って音楽関係の本を漁ってみようと思っていたがまだ実行できていない。というより、作曲しようとしう意欲自体もいつからか薄れている。
今の課題はトルネコ3異世界であると強く認識して、昔買って放ってあった攻略本上下巻を部屋の本棚に戻して、占い関係の分厚い本を1冊片付けたんだ。子供の頃にドラクエIIIやウィザードリィの攻略本をボロボロになるほど読み返し、また高校時代には数学と世界史もさることながらヴァンパイアハンターのムックを本の角がへたるほど読んだ。ストIIダッシュの本もへたへただがアレは薄かった。
それから時を経て社会人になって、淳久堂で本を買って勉強していたが、難読で読み返した経験は無くなり、何だか本屋にくだらない本を高値で売りつけられて損した感情が湧いてきていた。
その損したような状態の時に、意味の分からない占いの本やモンハン3Gという新しいゲームの攻略本をドンと買って、これを子供時代のドラクエのごとく読み込めばまた新しい世界が開けるかもと思ったけど、そこまで読まないままに分厚い本を買い集めるのが趣味になり、まあページ数が多い方がコスパ高いみたいな単純な発想で、一度片付けた部屋がまた学参とマンガと雑誌と種々の怪しい本、ゲームの攻略本で満杯になったところで引きこもって少しずつ読み進めるようになり、今に至る。
だからして、子供の頃の1~2冊と違い、1冊当たりの読み込みは深くはなく、インデックス思考になっていると思う。あの本のあの辺りにそんな事が書いてあったな、という索引を持って本棚を整理して、その実何が書かれているかすっと出るかというと本を紐解かなくてはならない。んでトルネコ3の本と言っても大半はモンスターとアイテムのデータベースのような本で、騙された感も強かったが、それを読み込んでハウツーにしてゆく作業はゲームのプレイヤーに委ねられており、そこを放棄したらゲームの意味がなくなるというか、体験を買っているのであって、手順は己が導かなくてはならない。
そこをネット検索とか、Wikiや動画で済ませると、これが読書やネットからテレビに趣味が変わってゆく。トルネコ3異世界を1日15分としているのも、この数年NHKの連ドラを見て世界に彩りが出来た気がしたので、1日15分が目安になっている。今日の朝の「ばけばけ」見逃したが、昼にもある。
とはいえ現実問題、俺は病気の療養期とか回復期として休んでいるのであって、何もしない方が良いという考え方もあるだろうし、入院中のテレビの時間は1日1~2時間だったと記憶している。色々の病棟からテレビの前の椅子に人が集まって皆で見る。メシは八宝菜みたいな野菜の多い食事で食い足りず、たまに親父がマクドのビッグマックセットとアップルパイを見舞いに持ってきてくれたのを思い出した。
あの頃から比べると10キロほど痩せたわけだが、流石にもうちょっと食うことにした。体型も知識的にも、今の自分に不満は無くなってきている。ただそれは将来どうなりたいという目標をほぼ見失い、これからと今日の区別というか、いつかこうなりたいから頑張ってアレコレするというのではなく、今日みたいな一日を毎日過ごして、それで将来一体何になるみたいな疑念をたまに持つようになっている。
トルネコ3異世界をやっているけど、打開した後の事はまだ考えておらず、ひとまず集中している。けど、その中で先にかいたように、字が汚くなったというダメな変化に気が付いた。今日の日記は気をつけて昨日より少し丁寧に書き始めた。
高校時代にやりたくて出来なかったことを補完するだけの40代だったと思う。あと3年あるが、3年って高校の期間と同じだからねっ!軽音部も写真部も二股すると6~7年経ったというところか。トルネコ3異世界だけで掘る人は専業で打開まで2~4年ほどかかっているらしく、簡単な道ではないとも思う。
そうすると50歳まではトルネコかと思うと、諦めて切って他のことをするという選択肢がテーブルに上がり、買い込んだ本の読破はいつになる?と放置気味になる。
とすると、スケジュールに丁度合う取捨選択としては無駄に持ち物が多い事になる。片付けて手放して少々のお金と新しい空間を確保も出来るかもだが、せっかく手に入れたものを捨てるのも勿体なく、今くらいがずっと続いたら良いなと思うと新しいものへの意欲も少しずつ薄らいでいく、そんな毎日を過ごしているのです。