トルネコ3異世界179回目(2階でレベル6)

 武器無しで鋼鉄の盾+2レベル3で降りた地下2階のひと部屋にいたずらもぐら、スライムベス2匹スライムの4体に囲まれそうであったが殴られながら通路に誘導したのちもぐらに「空振りの杖」を振って何とか凌いで棍棒、草3つ巻物3つのうち草がしんぴの草、胃拡張の種、しあわせのたねというミラクルって程でもないけどラッキーでレベル6に。今回も運が良い。行けそうな気がする!

1階ずつレポート書いてないで勉強もしろよと思われるかもですが、現代文が得意で国文科に進んで文筆家になりたいとすら思った高校時代、いまどきそんな仕事あるのか?という世の中でどうにか見つけたブロガーって仕事なんです。三文小説、千両役者。

 それでもまあ、書いていて出し切ったとか吐ききったという感じはありますよね。自分の中で蠢いている有象無象を書けるだけ文字にしてみて自分でも読む。思えば無理な教育を受けたんです。森博嗣の「すべてがFになる」に登場する天才科学者「真賀田四季」は図書館のようなところで生まれ育ったと書かれているけど、本は本でも幼少期は絵本の読み聞かせがよいとか言うじゃないですか。文字が絵本の絵や親の声と相まってようやく心に入ってくるのであって、反対に経験なしで読書だけで天才に成れるか?って最近では疑問に思いますよね。母方の田舎は農家とか大工さんで「本で育てるから何も分からない子になるんや」と母を叱ったことが思い出されます。ざまあみろ、と父や母が祖父母から叱られると子供ながらにしめしめでしたが、商店街の中では今でもそんな人間関係の玉突きがあって、通っている歯医者さんの受付の女の人は俺が予約の日に行けないと電話を入れると親父に電話して「来ないって言ってます」などと親から雷を落としてもらおうとするのですが、親父と院長先生に頼らないと何も出来ないかよわい受付の女子で、俺が親父に強くなると無駄に呼び寄せられなくなる。痛くもないのに何の用事だ?

 まあでも母親は出て行ったし、親父も多分俺より先に死ぬし、上から怒ってもらうその上がいなくなったら、俺が怒って言う事を聞かせないといけない下が居るのかというと、大抵の事を怒ったりなんだで片付けるのではなくお金で買うことで片付けているので、お金の心配ばかりしてしまうんですよね。俺が人から怒られるとき、何を理由にその人の怒りで俺が動かされなきゃならないんだろう、みたいな最近の心理学で出来ていて、けどそういうこともよくよく考えると心理学をすすめられるのも精神科医という職があって、患者さんは障害年金とかもらえるからパワハラ上司の言う事を聞かなくて退職とか転職できるわけで、福祉が無いと成り立たない世の中、上がり続ける社会保険料でやっぱり右と左はケンカなわけです。

 当然、言うことを聞いているように見える従業員も給料もらえるから面従腹背で接しているだけで、払う当てがなくなったらいつでも裏切られる、そのリスクを少なくするためにお金で動くのではなく人が進んで動く教育が敷かれているのかも知れませんよね。俺も買い食いばかりで毒を盛られりゃいつでも死ねる。けど、そうならないのはお金払っているからではなく、食料供給の仕事をしてくれる人にも善意があって、支払いは純然たるその対価というわけではなく、原価と利益の上にケチとお礼があって、多かったり少なかったりするものだと思うんですよね。

 コスパ社会で栄養価の少ないお菓子が売れなくなると、スーパーの売上が全体的に下がってそれも値上げ要因。同じ値段なら無駄なお菓子でも付いているだけ元の値段の社会の方が良かったかもしれないわけで。お商売の難しさですよね。


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