
万年床の我が家だが、去年あたりに敷布団を新調して良かったのが、毛布1年くらい」放っていたのを今日の腫れの日に洗濯してもらって干してあるのを満足げに見た。
昨日は自分で髪も切った。頭頂部やや後ろが薄くなって来た気がする。後ろを切るのが難しく、首や肩にかからないように切るだけなのだが、その長さで前から分けると高等部まで分け目が出来て、後ろの分け目に肌色が出て禿げに見えるかもだ。調節した。
トルネコ195回目は8階でタップペンギーに倒され、どうしたものかと。最高到達階である20階まで行くだけなら、逃げて降りれば越せることもあるが、倒してレベル上げしながら進むのと相談である。
何というか、ゲームが何の役に立つという観点で、トルネコ3のモンスター群アイテム群で作られた訳の分からない世界、これがもし繰り返しでスッと全部クリアに分かるくらいに慣れるのなら、医学でも解剖学的に消化器系の口から飯食って食道、胃、幽門、小腸、大腸、直腸くらいまでのザックリとした理解ではあるが、胃くらいまでは胃カメラが入るのだが、腸は解剖するか、排泄物である「うんこ」を研究するくらいしか無いらしい。まあ99階打破が出たのは知ってる。それが本当だとして、動画もあるが5時間とかを全部見るのはしんどいよなと思うのだが、実際に研究となると1日8時間人体とか微生物と向き合うのだろうから、1日8時間トルネコみたいな耐性は適性になるかもなーと思う。
体制以外にもモンスターやアイテムの相互作用が森林の食物連鎖や腸内の細菌バランスみたいな関係性になるかなーと思うんだけど、まあ1階あたりモンスターは5~6種類で浅い階で出るモンスターは深い階では出なくなる、その出現率マップとか俺は体験ではなく攻略本で見てしまった。医学も読書と自分の体とたまに親父の体調と、一緒に食う同じメシで健康管理をしている。
精神病の薬の副作用で糖尿病を発症する人が多いらしいが、俺も「なりかけですよ」と注意されてから心の方は治らないかもだが、物理的に検査できる体の方を良くすることに徹底して、まあそのくせ酒とタバコはやめられないが、血圧や体重や採血で分かるところはかなり良い数字が出ている。あとはまあ、薬を信じて頑張って飲みましょうと。
まあ、簡単な話体のこと以外で精神は多分脳の病気って言っても、生活は出来ているので、他人の嘘を信じてしまっている自分の心の中での勝ち負け感で頭が混乱しているのだろうと思う。タップペンギーはメダパニを使って仲間を呼ぶ。苦手なやつが。ウソをついて混乱させて、裏付けは仲間との口裏合わせで俺に仲間がいないと数で負ける。剣と盾との「しばきあい」ではなく、なんとなく集まったグループでの多数決だ。
まあ、それをもっと分かりやすい言い方にすると「仲間はずれ」で、会社に入った後の5年くらいまで俺は会社の守秘義務と家族の仲で会社の方がお金もらえるからそっちについて、退職というのは会社から仲間はずれになるということでもある。まだ親父がいるが、独りになった後の事も考えると、親戚付き合いとか地域のつながりとか、そういうのを放ったらかして都会のゲーセン、ネットのチャットにSNSというのが俺の付き合いの中心で、都会のゲーセンに集っていたのが個々の事情で散り散りになると、それだけでもその心細さになかなか慣れなかった。
俺は「甘ったれ」で親に世話してもらって大きくなったが、それが突然家事も自分でしてフルタイムで働くということをしたから無理がたたって病気になったのだと思う。フルタイムどころか深夜残業があって、家の風呂とトイレが掃除出来てなくて「臭いから」と言われたのはワンルームマンションでトイレと風呂の臭気が部屋まで来て服や体についてというのが休みなしの仕事でどうしろと?という文句を言ったら首だった。
その意味では今の生活は家があって、親父が家事を取れるのも年金と家賃収入があるからだが、それは裏を返すと賃貸暮らしの人と納税者がいるから回っている事で、家でゲームして何が悪いと悪びれることなくとも、政治的に強い方についているだけの話。
罪悪感とまではいわないが、その自覚を持ってしまったら「もうちょっと申し訳なさそうに行きなさい」という前の主治医の先生のアドバイスも分かって来るというもの。
んでまあ、また8階まで潜るのがしんどいが1階だけやろうと自分の背中を押し4階レベル5で中断した(写真)医学の歴史が紀元前からあることを考えると、トルネコもまだ通算で3ヶ月(以前に1ヶ月で辞めてからたまに飛び石で遊んで、直近2ヶ月くらい)腕と運を論じたこともあったが、ただ「まだまだ」だと分かって来たのだ。

6階でレベル5グレイトソード+1ラウンドシールド+1と堅調も満腹度5パンなし。オニオーンにこんぼうを投げて1体倒すもパンは出ず。

7階でやっと出たと思った「きょだいなパン」が「ひとくいばこ」で乙。ワンチャン、道具を上手く使ってひとくいばこを倒せるとひとくいばこがパンを落とす可能性があったので最善手でも運で死んだとは言わないが、まあアレさね、シューティングゲームでも一発死にのようで3機くらい残機ってもんがあってミスは許されるよね。トルネコ3異世界って「ホンマこんなことでまたやり直しなの?」と思うように負ける。
まあ、厳しくて負けて悔しいのを自分の責任だと思えなくて「運ゲー」てんだろうけど、実際に運の要素があってもポーカーでも麻雀でも楽しく遊べるわけで、運ゲーだからダメなわけでも無いと思うし、そもそもダメでもない。じゅうぶん面白い。
けど100回やってダメだったのは100回目の頃はホントに懲り懲りだったのよ。
196回。今日はもうやめる。けど面白くて越せたゲームにも人生の退屈が勝って、越せなかった「難しすぎるクソゲー」が中年以降の俺にとってどれほど救いのある者か。ありがたいものか。けどバトルガレッガも頑張る人はすごいが、俺自身としてはもうやらなくなっている。同じゼビウスでもカンストまでする人もいる。
何度も書いてるけど、ストIIXの世界大会優勝ってのが1回くらいパーティとかお祭りで神輿に担がれてそうなっただけで、ナンボのもんというとその時点で10年目くらい、出てから30年以上経つわけだから、その3倍やっている人に比べたら当時言われたようにポッと出た新しいものにたまたま勝っただけの人というとそうなのだろう。
けど、新しいものに億手では勝てるものも勝てない。それは俺が今PS5のスト6やスイッチのスプラ3に飛び込まなかったように、その世界を知らないわけで、だからといってその世界にいる人を非難するなら、それは非難する方が頭がおかしいと俺は思うのだが、病院の診断によると俺の方が精神医学の観点からおかしいほうになるらしい。
この論理や礼節の面でおかしくとも、他のものを攻撃する勝手さのようなものが人が生きて行く上で備えるべき攻撃性というか強さで、抗弁して戦う元気が無いわけだから、とうぜん健康面から考えたら、心が弱っている病人であるとするのも分かる。
こうしてブログという文筆で訴えを起こしているのも「黙って働け」とか「口動かさないで手を動かせ」という仕事の関係上の上司や顧客との軋轢で、こっちが負けているから抗弁しないで書面でということになった経緯があるからだ。「お前クチばっかやんけ」とか「口から生まれてきたような奴や」と非難されても、その時点ではまだ健康体であったわけで、社会では書面を交わす交渉事でも口頭説明は添えるのが通例で、社労士さんに守ってもらえるまで、会社と渡り合うことが出来なかったいち従業員だったの。
まあ、ケンカに強い弱いで言うと、俺は負けたわけだから弱いのだ。多対一で取り囲まれて仕掛けられたものが軍師であるはずもない。命までは取られなかったというか、取られたに等しい命を医療や福祉の人に守ってもらっているのだ。
トルネコ3の話だったので、アイテムになぞらえると「世界樹の葉」使用済み。二枚目はもう無いかも知れない、そんな感じの命で生きております。