今日も1日思索を巡らせていた

 病気を治すには休息が必要という事で、昨晩8時頃に出て3時頃目覚めたが、無理やりもう一度寝て8時に起き、朝食にアップルデニッシュと土産物のバタークッキーにコーヒー、昼はマクドのトリチのセットで親父にアップルパイも頼んだが見事に忘れられ、肉々しい昼食の後はこのブログを書き始める3時前くらいまで色々と考えた。

 俺の子供の頃の玩具はファミコン以外にミニカーがたくさんあったのだが、小学校のr高学年くらいで弟が出来て母親がそのミニカーを「もういらないでしょ」と弟に遊ばせるようになった。親父は「それはワシがキョウスケに買ってやったものだ」と母を叱ってくれて、夫婦喧嘩となった。

 その父親すら、俺がバイトしてファミコンカセットを集めていると弟に1本やれと言った。姉を入れた3人兄弟を養って親父のやりくりも辛くなり弟の玩具を買うカネがなかったのだろうが、俺は自分で働いて買ったものなのに、ミニカーの時に味方に付いてくれた親父なのに両親とも弟につくのかと寂しくなったが「お兄ちゃんなんだから」と母親に言われお兄ちゃんとは弟を養うくらいのものなのだなという自負がその頃芽生えた。

 俺は専門学校を出て会社に勤め、母親が出て行って弟が大学に行くことになった。中学から一貫校で本当に通っているかも怪しかったが、とにかく22歳まで親父とふたりカネを稼いで弟が就職すると言って親父に東京のマンションを借りてもらっていなくなった。

 専門学校を出てから母親が出て弟の面倒を見るようになる間に俺は数年間、大阪のマンションに住居を移していた。その間に弟は俺が家に残した玩具でだいぶ遊んだようである。

 だから、家に親父と弟の二人の時期があり、やがて俺が帰って3人になるのだが、男手だけだと近所の立ち話など無く、家が荒れて空き巣の疑いをかけられたほどにひどくなっていた。そして、俺は3人暮らしでもまたDSやPS2などの玩具を買って遊んでいたのだが、良い年した社会人の趣味としてはおかしく、やがて弟がいなくなり親父とふたりの暮らしで自室でゲームなどするのだが、ファミコンと比べてDSなどの新しいものについて「しょうちゃんのやろ?」という人がいて、腹が立った。

 殴るくらいの勢いで「俺のだ!」と反論したら「なんで怒るの?」と言ってカラカラ笑う。そのうち「しょうちゃんのやって言ったら怒んねん」「しょうちゃんの」「しょうちゃんの」怒りで発狂しそうになった俺に「どういう意味なん?」と。

 俺にしてみると、親父に飼ってもらったミニカーが母親の一存で全て弟のものになったように「しょうちゃんのやろ」と言われると、俺の貯めた全ての玩具などの財産を弟のものとして与えなければならず、親父も母親も味方になってくれず、弟が苦労もなく大金持ちになり俺はみぐるみを全て剥がされ弟が天下人になってしまうくらいの恐ろしい想像をして発狂してテーブルを殴ったりして暴れた。

 考えると、ミニカーもドリームキャストも俺の玩具であるべきで、俺は戦わねばならなかったのに「お兄ちゃんなんだから」という訳の分からない「だから」と「しょうちゃんのやろ」という母親の言葉で不条理に財産を奪われてきたのだ。

 だが、近所の人が「しょうちゃんのやろ」というのは意味も分からず「しょうちゃん」という弟も今は家におらず「そう言ったら怒んねん」と面白そうにイタズラで言っているのだ。それが分かると「俺のや!」と怒るのではなく、昔ウチは7人家族でしょうちゃんという弟がいて、母親も親父に買ってもらった俺のミニカーを「しょうちゃんの」と言って弟に使わせて、ゲームソフトなどもたくさんそうなった、という歴史を語れば意味が分かるのではないかと、少し落ち着いてからこのブログを書いている。

 他には現代的に主観と客観を両方備えた人間からすると、人の死は主観の終わりであるから主観が世界の全てだとすると終わりを意味する仏教のような無も、客観的には個人が死んでも世界も他人も変わらず有り続けるわけで、主観を満たすのが人生か客観世界というか外世界に働きかけるのが人生かというと、部屋に籠ってテレビゲームでは主観世界は豊かになっているのだが、外世界への働きかけが無く、虚しくなってしまう。

 しかし、それらのゲームソフトが「俺のもの」であることが俺の人生の目的のひとつで、収集癖があって部屋に置いて守っているので、それを「しょうちゃんの」で全部弟のものであるかのように言われると、自分の所有権も経験も財産も目的も全てを母親に否定されたような狂気に一瞬触れたのである。

 しかしまあ、そう言われても部屋にモノはあり、母親も弟も視界にはおらず、恐らく近所にもおらず、俺はひとりで「おにいちゃんのや」と言われると安心するのである。

 もともと、個室ではなく障子ふすまの和風建築であった我が家はリフォームで半分洋間となり、俺は今個室に住んでいる。そして台所や庭にタバコを吸いに行くのだが、近所にはワンルームのアパートなどが増えて家というのは一室のものであると考える新住民が二階の部屋から階段を降りる足音や、庭と言っても私有地ではなく公道から続いている部分に出ると、部屋から出て他の人の家に入ってるように錯覚するようである。

 文筆ではチョット理解が難しいかもだが、そういうご近所トラブルに苛まれている。

 別に空き巣だと噂されようが、人の家に入ったと思われようが、警察沙汰になるような事でもなく実害はないのだが、濡れ衣を着せられたような居心地の悪さと共に、30代までIT業界で働いて貯めたカネが今のニート生活からは想像も出来ないような貯蓄で、噂で知った人が「なんであんなにお金持ってんの?」「ホンマに持ってはんの?」「詐欺師か何かか?」などと噂が立って甚だ不愉快ではあるが、一旦詐欺師と思われると訝しがって会話も始まらないので、この誤解がいつか解けて平穏に戻ると良いのだが、嫌疑が何かの悪意にエスカレートして冤罪か何かで人生終わると嫌だなと思う。

 まあ、47歳まで独身で親同居で一戸建て二世帯住宅を親父と息子のふたりで住んでいると、そんなものなのである。結婚出来たら変わるかなぁとも思うんですけどね。


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