トルネコ3異世界202回目(自信の根拠は何だった?)

 5階にて、敵4体(後ろ1体前3体)に囲まれそうになり、一発殴られるの覚悟で後ろに「まどわし草」を投げて、通路に誘導して前3体をジョキジョキとドラゴンキラー+2で切り倒した後、アイテムがミミックで大ピンチから1本だけ持っていた未識別の杖を振るとおびえて倍速で逃げてくれて、そのミミックとの再会時は大砲の弾を転がして無事命中。難を逃れた。倒されることを意識する2~3手前から「運が良ければ助かる行動」に転じて上手く行ったケース。普通に剣振ってたらこうは行かない。んで6階レベル6で中断も、オニオーンの追いかけ方が分からず、もし上手く狩ってパンも取れたら5~6階でレベル7まで粘れるんだろうなと思いながらもアイテムは満杯。草や巻物は階段で読んだりレベルアップ後に飲んでみて識別ではなく、未識別のまま大量にため込むようにプレイングが変わってきている。32分よく頑張った。

 先月はトルネコ異世界を月で通算22回プレイしたわけだが、その前に打開が到底信じられず人にチートの疑いをかけて傍目に取り乱しているように見えたと思う。お見苦しいところを失礼しました。いやまあチートもあるかもだけど、このトルネコの世界の限られた選択肢に俺の知らない事がどのくらいあるだろう、というのが見えていなかった。

 全然話は変わるが、NHK深夜つけっぱでショパンのピアノコンクールに挑むピアニスト達の番組をぼーっと見てから寝た。ある方は1日12時間ピアノに向かって、それでいて落選だった。別の方は他のコンテストで受賞するも「運で取っただけ」と言われて悩んだことがあったそうだ。確かに審査員の採点方法は良く分からず、聴いて「いいな」と思った人と審査に通る人が違うのは親父と居間で「のど自慢」を見ていても鐘をもらう人の当てっこをして、俺47歳と親父76歳で両方まあまあ当たるのだが、たまに意見が食い違う。もし俺が審査員だったら、運ゲーだろう。親父でもだ。

 もちろん、テレビのドキュメンタリーとしては12時間頑張っているのが努力ゲーだから、落選しても頑張ったよねという番組作りの密着取材をしているのだと思われる。まあ、色々な人に密着をかけて編集してそういうシナリオに仕立てているかもだが。

 んで、今朝は「続けていると見え方変わってくることあるなー」という感想も持ったワンプレイの中のひとコマふたコマがあったよってくらい。打開はまだ遠いけど5~6階での詰めの甘いところも見えて来た。ほんのちょっとしたことの積み重ねだよな。

 まあ、エンディングが用意されているいわゆる「普通の面」は解いているわけだから、そこで「十分」というボーダーを勝手に引いていたって話。ピアノでも欧州の国ごとに色々なコンクールがあって、ショパン縛りに何かを見出した特集だった。良いものが見られた。トルネコ異世界を続けて見え方が変わったのではなくテレビ番組を見て見え方が変わったのかもだが、まあ相乗効果でやりたいこと探しの中で見つからない時にトルネコ異世界に再び出会ったのだよな。

 ピアノはピアノでもっと早い段階で「十分」と思って触らなくなった。賞も何にも取ったことないけど、何故か自信があるんだ。けどトルネコ3にはそれが無かった。何だろうな、自信の根拠って。1000回やったら打開できなくても自信はつくかなと思っているが、そのためには月22回ペースであと3~4年かかる。そりゃ3年やれば何かの自信はつくだろうな。トルネコ異世界にその3年を受け止めてくれるキャパがあるのかないのかだけど、そこは安心して、何事も「石の上にも三年」かもな。

 昨晩は親父とふたりで居酒屋さんで鍋をした。トルネコもピアノも関係ないが。そう昨日はトルネコをせずフィギュアスケート見てたんだよな。我武者羅とかひたむきではないかもだが、それでもスキマ時間でもやっていれば伸びるというか変わって来るって体験それ自体は感じてて、そのちょっとの変化への気付きと積み重ねがたぶん自信の根拠なんだろうな。

 まあでも3年って中学とか高校とか丸々の期間なわけで、若い時に選び取った道って簡単には軌道修正出来ないよな。それでも色々まだ試せているのは恵まれてると思う。


🄫1999-2025 id:karmen