
はい、こんにちは!カーメンことゲーム作家の宮澤郷介です。話の前に・・・

今日もトルネコは地下5階でミミックに噛まれて倒されました。宝物じゃないの?
そんなバカな!アイテムだと思ったらミミックだった!そんな話を少ししてみます。
暇人なので暇を使ってソフトウェアを開発してベクターで売ろうとしているわけですが、暇人の対義語ビジネスマンであった頃には、自社の社長や顧客の言いなりに頭を下げて出向してお金をもらうためにプログラマとして苦労していました。
あるとき俺は「どうしてこんなに人から言われるんだろう」と思ったものです。それはせっかく作ったソフトウェアを会社に納品して、売上を丸々会社に取られてはした金の給料しかもらえていないからだ!きっとそうだ!よし自分で全部作ろう!と。
んで結果は惨敗なわけですが、まずソフトウェアがどうしてお金になるのか。それは簿記の三級で習う「借方貸方」の関係で、大胆にも「ソフトウェア」と帳簿してお金を貸したり借りたりするという事が現実の簿記会計上で行われているからなのですが、ソフトウェアって何?何をどうしたらお金と替えられるの?あらためて不思議です。
まず拙作の中で最もDL数の多い麻雀ベーシック「大三元」について、製作期間は俺が自宅のパソコン部屋に籠って3カ月休まずビジュアルベーシックで打ち込んだものです。まあ、このプログラムに3カ月かかるのが長いのか短いのか比較対象が無いから分からないのですが、世の中には麻雀ゲームの単価は2000円というカルテルのようなものがあるようでした。単価は分かるけど数量が分からない。
そこで、独りで開発した(と言ってもキャラと麻雀牌の絵柄はネットの素材サイトからの頂き物でした。ダウンロードしたものにプログラムを足してアップロードしたわけです)もういちど、独りで開発したので値段の付け方も分からず、市販価格の約半額の1000円を切る980円(消費増税で現在は998円)で価格競争を狙いました。
「2万本出た!」と周囲に見栄を切りましたが、実DL数は約19500本。ココからの追いの500本はなかなか出ないで現在も19700本程度です。そしてシェアウェアとしての送金は980円の2本で手数料を引かれて手元に入ったのは1480円。
取らぬ狸の皮算用ですが、もし会社で缶詰で働いていたら、当時の月給が30万円ほどで3ヶ月90万円に残業代まで含めておよそ100万円。ここが自分で開発するメリットとしては誰にも頼んでいないので給料の支払いが要らない事ですが、自分が社長と考えると社長給料なし、出したとすると銀行預金が支払い給料になって手取り給料になって同じ口座だからお金は動かないわけです。出たのは食費や光熱費など。
そう考えると、雇われてプログラムを組むというのは簿記会計的には給与で、その上にソフトウェアの帳簿という問題が出てくるわけです。この点、フリーウェア・シェアウェアというのはアップロード時に売買が行われていないので、本当に無料のソフトウェアに一度なってしまうわけです。
そして、不払い金の1900万円についてダウンローダーには支払い義務はなく、世の中のネットにつないでいる麻雀ファンのダウンローダーからは「タダでもらえるならもらっておけ」ということで、完全に未払いで見捨てられてしまったわけです。
それでも捨てる神あれば拾う神ありで、自分の会社に提案してもダメだったゲーム開発は出向の承認が下りるのとゲーム会社と成約した後先までは分かりませんが、有名RPGのスマートフォン移植に3カ月だけ参画して、35万の給料で3ヶ月105万円を頂けたわけではあります。頂いたというか、プログラマとして働いたので「給与」です。
しかし、その頃にはそれが大きなお金と思えず、会社の売上高を想像して、全然分け前をもらえていないのではないか。子供の頃に読んだゲーム雑誌の販売本数では100万本、単価1600円で16億円売り上げて給与35万円ぽっちかよ!と。
それでも、工程を考えると周囲の人との協働であるわけで、独りで全工程を大手ゲーム会社と同じだけするのは暇があっても厳しいかなとそれは今も悩んでいるところです。
兎にも角にもダウンローダーの未払い金1900万円は回収不能で、これはそのままフリーウェアという単語を作ったDLサイト大元の株価の急降下で恐らく帳尻が合っています。そのとばっちりは株主だけではなく、ソフト作者も少なくとも俺は喰らっているわけです。
確かに、パソコンを買ってネットにつないで2000円から1万円分くらいの売価のソフトをベクターや窓の杜からもらって勉強を始めました。だから1万円返すなら分かるのですが、給料30万円3ヶ月と残業代合わせて100万円は従業員から個人事業主になってどこからも出ず、見込み売り上げの1900万円も踏み倒されたわけです。
これがフリーウェア。シェアウェア業界のひとつの案件の裏側の一部始終です。
それでも47歳、まだ生きています。命あっての物種、生きていたらまた何か出来るから、ひとりの人間の失敗を形に残して誰かに伝える必要はあるかなと思って書きました。お金が欲しいとはそこまで思わなくなりましたが、親の死後に財産を相続すると借金ももれなく付いて来て、事業継承するより先に借金全額分の貯金を用意して何もしなくていい老後になったらラクなのになぁ、と思うとやっぱり欲しいのはお金でそれも何を買うでもなく帳簿上の借金を帳消しにしたい。
そう考えると、帳簿上に存在する会社というものを舐めすぎていたかもと個人事業主になって特に思うのです。好奇心としても「そのカネどっから出てんの?」という探求心を満たすために会社について勉強すると言っても47歳よ?ちょうどそんな年?
その帳消しの帳簿作りが親父の仕事を傍で見ていると、なかなかに毎日よく書くねぇと思うくらい大変で、ブログ4000記事と言っても親父の帳簿も数万ページくらいは続いていると目測されて、ああもう将来継がなきゃならんのかと思うと嫌になる。
どちらかというと、お金が欲しいというか、メシが食える最低限の暮らしでラクに生きたいなぁ、というのが正直な感想です。けど死が眼前に迫ったら必死で生きるんでしょうか?先の事は分からねぇ。ただ失敗の教訓はどこかで活かして次は成功したいです。