ウチのテレビは主にNHKなわけですが

 はい、こんにちは。顔出ししたは良いけど別にネタも特技も無いカーメンこと宮澤郷介です。ギター歴15年、ゲーム大会優勝経験という小さな自慢で生きています。

 以前にも書いたかもですが、ウチのテレビは直近5年以上NHKです。小さい頃は親父がフジテレビが好きで、他界した爺さんは「受信料払っているんやから見なきゃ損や」とNHKが好きでした。相撲とか将棋を一緒によく見ました。

 先のブログでもNHKで「思考の整理学」という本が出て、読んだ覚えはあるけど部屋探しても現物はなくブックオフしたんだろうなーと思いつつ、もう幾年か経つかもですが俺の部屋にある「美術の物語」には「原田マハ絶賛!」みたいな帯が付いており、他には又吉直樹の「火花」と羽田圭介の「スクラップアンドビルド」もあります。

 なんでそんなミーハーなの買うの?と思われる方もいれば「あー、私も買った!」という方もいるかもしれず、1対1のコミュニーケーションではなく読者がいる1対多のコミュニケーションと言って良いんですかね?文筆なんてのは適当なもんです。

 まあするってーと民放の放送なんてのもいい加減なお笑い番組をよく見て育ちましたが、いつからか良識があるのはNHKだろうと、異論は認めますが毎日暇で毎日見ていると毎日見ても見やすいのもまたNHKなわけです。

 んで本の話のあとは高校生くらいの若者のメディアは既にテレビではなくネットで、端末はケータイ。その中で情報リテラシーに関する番組をやっていましたが、思い返すと俺自身が若い頃なんて情報リテラシーなんて欠片もなかったわけです。テレビ見るのは普通で、友人関係の噂話やおばちゃんの立ち話に親や教師の説教。それらのデタラメから読書したり、悪いと言われるネットでもウィキペディアなど読み漁りました。

 ウィキペディア独自研究によって書かれて正しいわけではないとする向きもありますが、昨今のSNSと比べたら百科全書派みたいに高い意識で詳しい情報を載せようとする向きはあったと思うんですよね。んで、はてなダイアラーでウェブ技術もブラウザHTML中心にやって、見た目がそっくりのアニノマスを作られてそのイタズラに手を焼くというか、ただ困って、しまいに中川淳一郎のような賢い人がバカなことを書くネットメディアの悪習慣に毒されたこともありました。

 そうすると良識なんてものは対義語となるような悪い噂があって初めて見極めがつくというもので、SNSはゲーム仲間とゲームの話にとどめてNHKを見ているとデマの入り込む余地はあまり無いとも思うのですが、情報リテラシーの話になると良識のNHKでも「はて?」となる部分が多分にありました。「複数のアカウントで裏を取る」という行為は昨今のSNSでは多アカの多数派工作が為されたりして、海外を拠点とした詐欺などが人を多数働かせて劇場的に口裏合わせをして展開された事、忘れたのかなと。

 NHKは良いテレビ局だとしても、中心となる局と特派員が信頼できるとして、日本中とか世界中が双方向通信をする昨今のSNSの動きを世界中に張り巡らされた蜘蛛の巣のようなネットのイメージと比較すると、あまりに多勢に無勢と言いますか、特殊なIT企業でないと世界の通信を網羅的に把握することすら難しい時代だと思います。

 その点でも「AIにはAIで」と富士通の研究所もチラッと出てきていましたが、その裏取りで「明らかにデマと分かる」ものはもちろん炙り出せますが、ホントかウソか分からない情報というのはやはりどうしようもなく無数に広がるのかなと。

 けどそれって、今に始まったことではなく、信頼のおける書店にもフィクションの小説ともノンフィクションの雑誌に混ざって「ノストラダムスの予言」とかが平気で同列に並べられている。中学高校くらいで、そんなものは相手にしない強い学識を持った同級生も居れば、俺はどれがホントでどれがウソか良く分からずオロオロとした情けない高校生だったと思います。

 まあ、今の俺がどうして出来たというと、確実に本当だと思われること以外は半信半疑でとどめておくというスタンスを持ってからです。怪しいものでどうでも良いことの真偽を確かめるために探偵行動のような事をしてもロクな目に遭わなかったからです。

 そうなると、はじめから作り物と分かっている小説でもまた読めるし、つけっぱなしのNHKでも時間が過ぎると娯楽番組に変わったり、農業の話が出たりして、まあ農業なら本当の事をやっているんだろうなと思って見るくらいの事です。

 まあ絶対に正しいと思うことが「ある」というと、胡蝶の夢の例え話とか、唯心論みたいな人の心の根をグラグラと揺さぶる哲学や悪趣味なSFものもありますけど、それでもちょっと強引かも知れないけど、夢にしては長すぎるし手触りも味わいもあって、ケーキを食べようとしたら母親に呼ばれて目が覚めたという経験が過去にはあっても、ケーキを食べられる夢なら夢でも問題は無いではないかと思うと、俺の趣味のひとつがテレビゲームでもあることからも、リアリティのある夢での体験はそれはそれで経験値として、そうなると「寝る時間が惜しい」みたいな気持ちも少しは和らいで。

 まあ月並みに良く寝て良く食べて、楽しいと思うことをする。それでもまだまだ心の中には「ラクな金儲けは無い」「苦労して働かなければならない」みたいな人生訓が深く根差していて、お金を貯めても泥棒が時々怖くなったり、今の生活もいつまでもは続かないという漠然とした不安はあるものの、そう言ったらどんな人生でも人はいつか死ぬわけだし、鎮痛剤みたいな娯楽を多分に取り入れた時を忘れる人生なのかなと。

 人生は何かを成すにはあまりにも短いが、何事も為さないのにはあまりに長すぎる。


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