2時間ほどモデリングに没頭できた!

 自室で人の顔モデリングに没頭できた。2時間ちょっとが過ぎていた。

 まあ、手際が良くなったか、学生時代でひと月かかった仕事が2時間で出来る。マシンスペックが上がったことも大きいが、色々とな。マウスやトラックボールからタッチパッドになったのも大きいかもしれんし。

 ただ、専門が校の時に卒業制作が「上手く出来た!」と思っても大手ゲームメーカーには書類審査でダメで、唯一封書が返って来たのが何と任天堂だったわけだが、面接までも進まなかった。ナムコ、アトラスなど送り何故かカプコンには送らず社内の人から「なんでウチやったらあかんの?」となった時に、ナムコが鉄拳作ってるときカプコンはまだストZERO3とか売っているイメージだったからな。

 そして俺がゲームメーカーの品定めをするのと同時に経営陣からは「カネモのボンがパソコンで何か作ったらしいが、ウチの出来る従業員に同じパソコンを持たせればもっと良いものが出来る!」みたいなことで冷遇されて、使ってたパソコン普通に打ってるNECのウインドウズ98よ?と思ったものだが、あんまり昔の辛かったことを繰り返し悔いるのはやめよう。

 確かにマイコンの組み立てとかから上がって来た老舗メーカーの偉いさんからしたら、いきなり持ったのがNECのウインドウズ98っての贅沢すぎるよな。

 んで20代には富士通系の派遣SEになったこともあり、けど結局資格試験で習った人は分かると思うけど物理層とかネットワーク層とかアプリケーション層とかコンピュータには色々あって、見学みたいに物理層の工場にも派遣された事もありつつ、結局はアプリケーション層という最上位で仕事することになれて、その上はユーザーなわけだから、開発の中でもプログラマとしては最上位かもしれず。層の問題でね。

 ちょうどSNSでインフラエンジニアがどうこう言ってるのも、ネットワーク層以下の仕事なんすよ。お客さんのパソコンと他のお客さんのパソコンを通信できるようにして、互いが何やっているのかは分からないみたいなさ。物理層でも組み込みやりながら製品としてはパソコンで「パソコンって何に使うものなの?」って感じで。

 だからソフトハウスからメーカーへ転職というのは物理層へと体験の段階から考えると「降りている」わけだけど「ユニオンシステムです」って言うよりはメーカー名とか言った方が世間体としては良かった。親もそうで、けど今俺は親の機嫌とか世間体よりもやりたい仕事に向かっているわけで、当然充実度は高いんだけど、こうしてブログで愚痴をまたこぼすのはいずれは出来たものを売りに出してお金を稼がなくちゃならなくなるだろうとか、まあ自分の創作の出来映え点が自己満足でおさまらなくて学校でも見せ合いをしたように、孤独に耐え切れなくなっているのだよな。

 んで要件の顔モデリングにしても、俺が卒業する前に業界にはPOSERが発売されて、作ろうとするものが分かるたびに「それ作ったんじゃなくて買ったものじゃないの?」と言われそうなミドルウェアが順次リリースされていくんだよな。辛かった。

 確かに、モデリングという仕事自体がモデラソフトを買うところから始まっていて、今日のスクショもメタセコイアというソフトを使ってのモデリングなわけで、就職口としてゲームメーカーよりモデラを作るソフトハウスとかのがしっかりしているかなと思ったこともあるけど、日本HPにいた頃の転職就活でカプコンのゲームの中に出てくるモデルも大阪市内のちっこいスタジオで制作されていて、確かニューロンエイジだったかな。社長さんが直接お会いしてくださって「なんで今もらってるより給料下がるのにウチに来たいとか言うん?」と言われ、さらには「うちのスタッフもな、給料下げて下さいって俺に頼みにきよんねん」と笑えないジョークをいただいた。

 その頃から俺が入りたいと思ったゲーム会社はマンガで言うと出版社のようなもので、ゲームクリエイターが漫画家だとすると、会社でやっている事は発注だけでもぬけの殻なのか、それとも極秘に内製の「もっとすごいゲーム」が開発されているのか、中をのぞきたいなぁという欲が出て来ていた。

 それはメーカーの中にいても同じことで、会社の建物にしても日本中にあって、ある人はケータイは広島ではないかとか、白物家電久宝寺とか、ウチは複写機とか言うんだけど、複写機だと皆が思っているその工場の中で俺がソフトウェア開発をしていたり、そうするとゲーム会社も何処で何やっているかなんてサッパリ探りようがなく。

 まあPS5の新作を見ても映像的なカッコ良さを芸術的センスで評する以外、技術者目線でもすごいと思うタイトルは反対にゲームとしてはアクションRPGくらいで興味が薄く、最新ゲームから映像を取ったら何が残るって音楽とかゲーム性という見えないものもハッキリと掴めるくらいのゲームプログラマーにはなって来たと思う。

 そうすると規模感だよな、残るのは。それも規模感であって、いかにも大作だから社内総動員で頑張って作っているイメージだけど、スクエニの下請けで働いた時は驚くほど少人数だったし、ソフトウェアというのが人の能力を拡張するものなら、ソフトのもっと上位にいる技術者が技術によって人手がかかっているように見えるものを作っているだけかもしれず。その辺の新作ビッグタイトル系の開発はまだ雲の上ではある。

 ただ、会社辞めて自分げゲーム作ろうかと、プログラマ辞めてソフマップで売ってそうなミドルウェアかって手ごろに作ってみようかなと思って店をのぞいて手に取って躊躇ったソフトが全部任天堂の3DSのソフトのおまけの無料ゲームの素材として使われてんだよな。「しまった!」とあの時は思ったもんで、もう二度と同じ製品は見ない。

 けど買っていたらどうなるって、俺に部屋に何の役にも立っていない音楽制作系のソフトが3本転がっているように、買っていたら持っているだけの自己満足だったと思う。

 今やっている顔モデルも自作をやめて買おうとすれば1万円も出せばあるとは思う。そうすると欲しいのは顔モデルか日給の1万円か、他の仕事して1万円稼いで顔買うかというと、1万円もらえたら食費にしたら1週間あるから顔は顔で作って他のことにも使えるよなとか、そんな勘定をしてしまう。けど任天堂なら買っているかもなぁ。

 あー、悔しい!カネも実力も無いし、実力を上げるためのいわゆる自己投資ってやつは既に働いている人がスキルアップのために教材を買ってプライベートを削って勉強に当てるわけだから、経営者からの目線で言うと労働者の値切りに等しい。それに乗るのか、俺は労働者だろうか経営者だろうかというと、例えばPS4が出たときに「いらない、PS5まで待つ」という態度を取ると、それはソニーに対する値切りであって、この金額交渉は経営者と労働者の労使交渉でもありながら消費者と生産者の間でも常に起こるもの。

 とうぜん、俺はメタセコイアを使ってPOSERは買わず顔モデリングをしているわけだから、同業他社があって価格競争というか、シェア争いみたいなことに参加する羽目になるわけだ。

 出来たモデルを自分だけの宝物にするか、それともネットのモデル販売サイトにアップロードして値段を付けて売れるのを待つかみたいな選択肢も出てくる。自分だけの宝物を作ってゆく作業はそれはそれで楽しいが、売るとなるとその売上や仕事に見合うかというやりがい感も他の仕事と時間給とかで天秤にかけてゆくこととなる。

 その中で、他人に言うと皆「信じられない」というのだが「ゲームは安い」と言い切れる。独りで仕事すると、到底割に合わない仕事の積み重ねなのだ。

 だが、ゲーム会社は莫大な利益を生む大企業もあるわけで、儲かるという事は原価に比べて売価は「高い」ということになる。それなのに働いて「安い」と思うのは、原価の中に開発費が含まれ、販売益の割に開発費が安く圧迫されているということだ。

 もちろん、売れっ子になるとそれ相応に給料も高いのかもだが、労働分配率で考えると、売れないゲームクリエイターは冷や飯というごく普通の芸能界みたいな構図かも。


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