礼儀作法と「○○なんて」どちらが失礼か

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です。

 朝から独りで考え込んでイライラをため込んでいますが、最近病理も見えて来て自分が何に腹を立てているのか非常に良くまとまってきました。かなり複雑です。

 俺は専門学校卒で情報処理技術者二種ですが、実務二十年でも40歳はまだ若く、その後退職して7年が経ち47歳になりました。来月48歳です。

 20代の頃、行きつけのカレー屋で働いている若い娘と上手く行っていた時に、そのカレー屋を営んでいる主人が陶芸教室を開いていて、お世辞にもよく出来ている陶芸とは思えないような粘土細工をカレー屋の端に並べていました。

 ある日その店主が店でビールを飲んでいる俺を捕まえてお説教を始めたのです。その中には「コンピュータなんて今は良いかもしれないけどこの先わからない。もう飽和状態だと思うんですよ」その時、酒を飲んでいた俺の眉がピクッと動いたのだと思います。

 結婚を前提としたお付き合いで、旦那の稼ぎが良いか将来有望か、女子は心配だろうというのは分かるのですが、そのカレー屋の周りから「コンピュータなんて」と否定的に言う女子が増えたのです。

 考えると女子は長い話が分からないから「コンピュータなんて」と俺の眉がぴくっと動くところでヒトコト言って止めているんです。

 それは奈良の近所の女まで広がって「何の仕事してるの」「コンピュータ関連です」「コンピュータなんて」ピクッそこで会話は終わりです。

 もう一度言いますが、俺は専門卒で二種の技術者で、それでも当時は珍しかったのですが、情報処理技術者の収入源は主に会社勤務でもらえる給料です。国家試験を通って偉いと言っても、そこから就活面談を経て社長さんの言うことを聞いて仕事をしないといけません。だから有資格者が偉いと言ってもコンピュータ会社の社長さんはお金を出すので、労使の立場で言うと技術者は労なわけです。

 当然、大阪で盛り場などに行ってももっとお金持ちの社長さんが飲んでいたりします。盛り場では若い技術者よりも何か他のことでももっとお金を持っている人がお金を見せて女を口説こうとする。そこに蔓延しているのは仕事の中身を飛ばした拝金です。

 もっとお金を持ちたいと思った俺は自身の専門卒、二種という立場を恨みます。もっと良い大学を出て、一種を持っていれば、もっと給料が良いそう考えました。

 しかし、現実それで得られるのは給料であり、これも仕事内容如何ではなく身分の肯定です。良い大学を出ていたら偉い、上位資格を持っていたら偉い、そしてお金があったらそういう立派な人でも雇い入れられて、お金持ちはもっと偉いと、また拝金のロジックに戻ってしまっていました。良い大学を出ている事と資格を持っている事、そしてそれに対してお金がどう動くのかというのは別で、良い大学を出て社長をする人もいるだろうし、資格が良くなったら従業員ではなくフリーランスの道もある。盛り場で飲んでいる社長さんがどんな仕事をして稼いでいて、なんで奥さんではなく盛り場の女性を口説いているかとか、そこまでは考えず「お金がもっと欲しい」になっていた。

 その辺りの事は、腹を立てる前に冷静になれるんです。ただ女の言う「コンピュータなんて」の「なんて」のあとに続くのが暗黙的に「どうってことない」に変換されていて、そのどうって事のないコンピュータのたったの上位試験に通らない。だから女より下に見られていると、こう解釈してしまったんです。

 確かにコンピュータの基本原理は電子の有無からなる0と1で、単純な機械に思われるかもしれない。画面に絵が出るか音が成るかくらいしかアウトプットが知られていない。しかも、昨今ではコンピュータはコンピュータと呼ばれず「ケータイ」とか「スマホ」と呼ばれている。みんな便利に使いながら口では「コンピュータなんて」という。

 そう言っている本人は本当にコンピュータを応用情報とかセキュリティスペシャリスト級に弁えているのかというと、ITパスポートすら持っていないのが普通で、確かに俺は応用情報ではないかもだけど、情報処処理技術者で決して引けは取っていない。

 その上に左について平等を訴えるものが同時に人を二種か応用でその資格制度からなる身分を肯定しつつも、さらにそれがお金の多寡で労使関係になってしまう。盛り場の女も奈良の貴族も男か親からカネをもらって最新のコンピュータを指で使おうとするのです。「ピッてしたらこうなるようにして」俺も仕事のひとつでプリクラなどやりましたが、社長さんがギャルみたいな女の人で、都会のビルの一角に基板むき出しのプリクラ機が雑然と置かれていて、若いモデルさんみたいな女の人が社長さんの次に偉くて、何か専門的な話になっても「こっちが客なんだ」で済まされてしまう。

 いや、ここも腹を立てるのではなく、やはりお金で言うことを聞いてしまうから「コンピュータなんてお金で買えばよい」という「コンピュータなんて」が成立してしまうのだと、これはもう資格の無力さというか、国から国家技師としてお金が出て独占的に使えれば有利だけど、平等公平にいちど負けて資格が意味を失っているのはそこに労使関係があるからで、そういう人の言うことは聞かないという強い立場が欲しい。

 つまり「コンピュータなんて」はコンピュータへの罵倒としてではなくその専門の技師である自分の無力への苛立ちで、これが応用情報になれば変わるのかというところは取る前から考えてしまって意欲がわかない。ここは冷静になりづらいが、上位試験に通ってもっと良い職場になれば、盛り場の女やプリクラ社長とは縁が切れるとこう考えて、勉強に勤しむべきかもしれない。

 ただ、その先にあるのは子供の頃の自分が苛まれた平等公平ではなく、競争とその競争の勝敗を固定化する資格身分の再肯定であるわけで、平等にしたかったはずが虐げられて「上になりたい」という思想にすり替わっている。

 世の中はまだ平等ではない。上下関係があり、礼儀作法があり、上のものには敬語を使わなければならない。ただ、礼儀作法がなっているよりもお金を持っている方が上でそのお上の無礼は下が我慢せねばならないというのはこれは身分の上下もあるが、お上からお金を取るために下のものが覚えた見よう見まねの所作であって、決して酒場の人間が客を敬っているわけでは無い。だから「コンピュータなんて」というような言葉が平気で使われる。どちらが失礼かというと、世の常識は礼儀作法だけが礼だが、俺にとってはバイトから専門学校に進んで勉強したコンピュータの全てがたったの「カネ」に負けることが苛立たしいのだと分かって来た。

 その上で次はどうするか、という事になってくると、ただ俺が女からモテない時に安直に盛り場に行って飲んでしまったことが男女関係をたったの「カネ」で解決しようとしてしまったことも近しいものがあって、女性の美貌もカネをたくさんもらうために美容や会話に礼儀作法とキャバ嬢はそれはそれで店で良い客を取る勉強をしている。

 だから俺は「コンピュータなんて」と軽くあしらうように言ったら腹を立ててカネがいるんだろと払ってしまう単純な客だったのかも知れない。それは結局男女の問題で、応用情報になってもキャバに行くしかイイ女との関係の糸口が無いとなると問題は解決せず、結婚で解決されてしまうと盛り場が儲からなくなるから、それに阻害要因があることを考えると、応用情報を取ることで見込める良い就職口では社則が厳しく盛り場などで使ってはいけない、会社からはまっすぐ帰ってお金は良い家を建てるとか嫁さんに使ってもらうとか、良いクルマを買うか旅行に行くという使い方になる。

 そういうお金の使い方をしたくてカネが欲しいと思ったわけでは無く、ただオッサンになると盛り場の女もつまらなく、カレー屋の女給の若い女と言っても年増だが、それでも妖怪みたいな女郎よりは若くてイイ女だったかもしれないなと。

 長いけれども構造としてはシンプルで、俺は国語の問題で論理的に言い切る言い方ではなく「○○なんて」という止め句に対していちいち自分を卑下して腹の立つ方に解釈して怒ってしまう思考の癖があるということ。

 専門学校を卒業して国家試験にも通っている、そりゃ学校ランキングでは下の方で資格も最上位ではない。けど、そんな人は僅かなので、盛り場くらいにそれ以上の人がゴロゴロいるというような考え方はおかしく、皆がハッタリを効かせているだけ。

 ただまあ、それをどう解決するかというと、身分を肯定して上流のお付き合いには礼儀作法が必要で、今既にあるしがらみを全部捨てて属する社会を変えられるかとなると、会社だけのドライな付き合いにも嫌気が差したのもまたひとつであって。

 今日の話はここまで。


🄫1999-2025 id:karmen