
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日は本の紹介です!
写真で手に持っているのは森博嗣のSMシリーズ第一巻「すべてがFになる」の文庫版です。曰く「理系ミステリィ」国立N大学工学部准教授の描く難解な密室殺人。
俺のこの本との出会いはほんの偶然、高校の後輩が貸してくれたからです。その本は本人に返して、のちのち文庫版を置いておこうと1冊買いました。
俺は専門学校卒ですが、その中にも学部があってゲームとCGは興味があったので覚えていますが、他にも幾つかあったと思います。大学も大別して文系と理系があって学部学科に分かれていて、その中で推理小説というとモロに文系で文学部に分類されそうなものですが、理系の工学部の先生が趣味で書いた小説には文系学生を含む読者が先端科学に触れるキッカケになればという思いが文中ににじんでいます。
俺は大学ではなく専門卒だったので、この本との出会いが大学との架け橋の一端となりました。理系の先生ってどんな風に考えるのだろうというところが登場人物の犀川創平助教授の思考と台詞に描写から汲み取った想像の那古野大学が広がったわけです。
大学も勉強嫌でもう4年とか無理と思ったけど、専門学校の2年は結構楽しかったし、行っても良かったのかもなとしばらく悔いました。
しかし文中に「天才真賀田四季には後悔が無い、全ての選択はその時々にそれが最良であると判断してそうしたのだから、もしその時に戻ったとしても同じようにそうしたであろう」と書かれていたことを思い出すと、過去は変えられないわけだし、ゲームが楽しくて勉強は嫌いで難しくて、高校の時はそう思ってそうしたんだよなとあらためて、しかし理系の大学の先生の本が面白かったので著者が職業作家ではなく大学教授の書籍を探して買うように変わって行ったのです。
彼是28年、今でもこのシリーズの最終巻「有限と微小のパン」の冒頭引用は今でも覚えていますが、では1巻である「すべてがFになる」の冒頭引用は何であったかと読み直してみると、そこに運命を感じました。自分の仕事とも強い相関があったのです。
しかし今では別の友人が指摘したように「ちょっと思想が偏っている」という批判や「哲学的な台詞が散りばめられちるだけで全く面白くなかった」など、ファンとして傷ついた部分もありましたが、まあ彼等の言いたいことも分かる。だいたい、元が大卒だからなんですよ。
なのになぜあらためてこの本について書こうと思ったかというと、既に理系大卒になっている人にはつまらなくても、それでも人には子供時代から中高生時代があって、大人になって出来上がっている人には子供にちゃんと指導できないとか、もっというと出来上がっていない大人と全然話が嚙み合わないってケースも良くあるんです。
俺は奈良学園から専門学校やバイトを経てユニオンシステム社に勤めだしたあたり、まだ技術書ではなく本といえば小説のようなものを読むものだと思っていて、扉を開いてくれたのはこの本だったなと思うから、思い入れがあるのです。
それは同様に小学校の時はドラクエの攻略本とか夢中で読んで、データドリブンとかレーダーチャートが難なく入って来るのはパラメータ思考が出来るからで、ゲームもその攻略本も見たことが無い人が給料が高いからと学校からITに来て面食らうと言った時に、先輩としてプログラムを教えてあげようにも、何から始めたらと思った時にファミコンとかもいらないようで必要なものだよなと思うに至った、その遡りの河口くらいに「すべてがFになる」があるわけです。
ま、今日はそんだけの話。アフィ貼っとくのでポチって読んでみてください。
