
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!格闘ゲームはお休みしています。
今日は世界史のヘブライ人、宗教改革、ピューリタン革命などをおさらいしました。
宗教改革つったらルターだよね、そう、俺の脳のシナプスには受験のテスト問題の解答のように「宗教改革=ルター」というところが繋がっていただけなのです。んでそれって何?というところをおさらいすると、免罪符が出てくるわけですね。やっと宗教改革=ルターの免罪符批判というところまで来たわけです。当然、免罪符って何?というひとはもっと学ぶ必要があると思います。お金を払えば罪が許される罰金刑みたいなシステムが広がって、教会がお金持ちを甘やかしたんですよね。
んでヘブライ人は関係ないんだけど、関係無いってのは年代的に遠いから直接の関係は無いんだけど、モーセが海を割るシーンの叙述に「葦の海」てのが引っ掛かって、何かの暗喩なのかもしれんけど、今考えても分かんないし資料も何も無いし、保留。旧約聖書も日本語訳しか読んだことないし読めないし、何なら新約聖書はマンガで読んであとはペラペラ読みですからね。不勉強なのです。
んでイングランドのピューリタン革命まで来ると、宗教改革はドイツだったけど、ピューリタン革命はイングランドでの出来事なんですね。このへんも初めて地理と結びついて、何ならごく最近までイギリスとイングランドの関係知らず、ウイイレで国旗が違うのをヒントにイギリス四国を知ったわけです。日本の四国とちゃうよ?イギリス四国。
んでそのお勉強が何やねん!俺らカーメンさんゆうたら楽しいゲームの用事やねん!とお怒りの読者様もおられるかもですが、俺はルターが信仰によってのみ信者は救われると説いたように、格ゲーには「やり込みによってのみ報われる教」があると思うんです。まあ、やりこみ、努力信者。
けど巷のゲーセンの実際的には、やり込んだか何だかで強い勝てる側のプレイヤーが、相手がある程度お金を払って連コインしたら儲け過ぎないで最後は負けておくということをしていて、お金ジャラジャラ入れて最後に勝ったのは俺だ!と思っているお客さんがいたら、まあ昔の俺もそうでしたが、純然にプロのように勝率を競うのではなく、何回負けても最後に勝ったら勝ちで、それを成すのは資金力という構図が出来るわけです。
そして皆の憧れが大会優勝であったとしたら、それがもしやり込みで勝てると仮定すると、何かの練習テーマや駆け引き研究としてのやり込みではなく、ただ漫然とお金を払って連戦して最後に勝ったから勝ちだと思っているプレイヤーはその日の最後は勝っていても、勝率をベースにすると全然の負け越しで、従ってトーナメントが各々の勝率に基づいて決着して、優勝を競るとなると、どんなにカネを入れていても勝率が低いわけで勝てないわけです。
ただまあ、それで賞金規模の大きい大会はガチ勢が取っても、景品一個くらいの店舗大会なら「勝たせてあげる」ことも出来るわけで、獲得賞金総額とかではなく、トーナメント優勝くらいで満足するなら、そこにあるのは勝負ではなくお商売なわけで。
それでも、本人が満足していたら「やり込みこそが報われる」ではなく「カネ入れてりゃ勝たせてもらえて幸福感がある」も間違ってはいないように思うんですよね。
免罪符の時代も、教会にしてみりゃラクで儲かる商売で、俺が司祭ならルターいじめますよね。
けど、歴史で習うことと言うと、ルターが勝つんです。
これ歴史に宗派の影響が入っていないかとチョット考えてしまいますよね。
さあ、格ゲーは果たして商売なのかガチの勝負なのか、はたまたタダの暇つぶしなのか、暇つぶしとして見るには行きすぎているくらいの盛り上がりを見せているようで、それは相撲のタニマチと同じことで暇な人が観戦するのにどれくらいガチなのかというところが見どころのひとつとしてあり、商売なのかガチなのかではなくガチを見せる商売って事になるのかも知れませんがね。
最近は家庭用でひとり研究していて、まあネット観戦もするんですけど、ゲーセンでの対戦とか文句の言い合いに年食った今割って入ると「んなわきゃない」って未熟な論理が感情を伴なっていっぱい飛び交っているように見受けるんですけど、10代とかだと論理よりも感情面が強かったし、感情死んだから病気になってお薬もらって論理性を重視する考え方になったので、健康に喜んだり怒ったりしている人にテメーらも病気なれとも言えず、まあ喜怒哀楽あるから人間って楽しいのよ。
お薬飲んでる人間に格ゲーの試合の成り行きに一喜一憂しろって言っても無駄なので。ただ暇よりは作業があった方が少しは楽しく、黙々とプレイすることはありますが。
考えている事と言えば、ゲーセン行くのに奈良から大阪難波まで往復1200円くらいだろうかな?それにゲーム三回して外食して帰ってきたら最低でも2000円で負けが込んだりお酒も飲むと5000円。それ毎日やったら月15万円。
じゃあ月イチくらいにしたら年間5万円かぁ。PS5でも買えちゃいそうな、なぁ。けど俺のPS2の下敷きになっているXBOX360は何だったのか?新しいの買っても往年のアーケードゲームの絵柄や音楽の懐かしさノスタルジーが主な趣味で、この懐古趣味を新作であらためるなら、まあそれも良いけど勉強しようかと今日は世界史チョットやり直してたって話ではあるんです。
まあ、ゲーマー界隈でもPS5とスト6とアケコン買ったらお仲間さん入りという風潮があるとしたら、それマルチ商法みたいな如何わしさが無いかと?ストZERO3じゃ仲間に入れてもらえないんっすかね?
その意味では俺は格ゲーは「新作買ったら報われる」ではなく旧作でも「やり込んだら報われる(見えてくる新しい世界がある)」という宗派の人なのだろうなと思うの。
古いんだろうけどね。ずっとやっている人がどんな試合も乗り越えた上え何とかお商売しているって考えると、お商売になっている方がやり込みよりも一枚上手かもね。