遊戯王もつまりは非完全情報ゲームの博打である

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!遊戯王DSNTにハマり直して三日目です!

 スゲー当たり前のことに気付いたんですが、遊戯王ってギャンブルなんですよ。そもそもがパックに封入されたアテモンだという意味ではなく、そこから出たカードを使ってのデュエルも非完全情報ゲームと言って、ギャンブルに属するゲームなんです。

 完全情報ゲームならギャンブルではないという説に将棋の研究を通して、それでも将棋は選択肢が多岐に渡り先手必勝、後手必勝、引き分けに必ずなるということに異を唱えながらも、コンピュータで計算して異を唱える根拠はプロ棋士制度があることが理由ですが、答えの出たゲームに八百長と年功序列があるだけで、映画にアニメにゲームに諸々の娯楽のある昨今で将棋をエンターテイメントとして棋士になりたいというのは将棋という面白い事を仕事に出来ることを羨ましいと思うのが将棋を知らないだけで、伝統芸能みたいな世界なのかもなとも思います。

 んで遊戯王を何故考えるかと言うと、答えが無いからですが、最近それも違うかなと。答えが出ないから面白いと言っても、している事はポーカーとか数当てゲームくらいだから、幼稚な趣味にマンガが付いていい年してやめられない。それが大筋の見方でしょう。

 しかしまあ、数ある趣味のひとつとして、将棋や麻雀を嗜むように、遊戯王にも取り組めばそれなりの奥深さがあって、分からないものを他の分からないものに例えると、格闘ゲームの超必殺技やスーパーコンボの「パナし」の是非論みたいなものを今遊戯王DSNTのデビルフランケンと青眼の究極龍に対して思っています。

 デビルフランケンから青眼の究極龍をパナすとライフが5000減って、自ライフいきなり3000だけど攻撃力4500のモンスターをいきなり呼べるというバクチ。これは破壊輪1枚で逆転負けするかもだけど、それをトラップジャマーや神の宣告に月並みに大嵐やサイクロンで安定させられないかと考えてみたり、せっかく工夫して強くなったデッキがデビルフランケン一撃でまくられるかもだけど、じゃあ危険と言った破壊輪で逆転しろよとなると、ちょうど引き当てられるかは分からない。

 ジワジワとリスク回避をして、デュエルを定性的に必勝にすべく取り組むか、とりあえず思いついた戦法で一攫千金の大金星を狙うかみたいな駆け引きはデュエルの前のデッキメイクから始まっているわけです。

 これは元を正せばパックを買うアテモンから始まっている。アテモンで攻撃力も防御力も高い「当たり」のデカブツを引いたのに、巷のデュエルじゃリスク回避やカードアドバンテージとか言って、勝たせてもらえない。その救済策がデビルフランケンのような「パナし」で、パナして当たった後の予後についても、例えば受け側がキラースネークで粘っているとしたらフランケンで相手の裏側守備表示をキラースネークだと見破って攻撃すれば2ターンで終わる。ただアタッカーを読んで裏向きを究極竜で倒して1900のアタッカーで相手ライフを削ると5ターンかかる。一見安定のような裏向きを最大攻撃力で倒すという選択に、決着ターン数を遅らせることで相手側にインチキみたいに強い逆転の魔法や罠を打たれる(引かれる)リスクは増大する。

 これらは全て非完全情報ゲームによる駆け引きで、ハッタリと見破りの面白さがデュエル中にも起こることがままあって、強いデッキと言えどプレイングの読み合いの差で勝ったり負けたりする可能性は残されている。

 けど、そこまで駆け引きがアツくなるには最低限の一発がある強いカードを持っていたらの話であって、ゴミカードを集めてもデュエルに勝つのは難しい。ゴミやガラクタというのはガチデュエルで使えるかが判別式になっていて、絵柄が好きとかそう思ってみれば、どのカードも魅力的ではあるのだけれど。

 まあ、総じて変わった趣味なのだろうなと思います。デュエル中の博打の駆け引きの成否であるものが、デッキの所為ではないかと錯誤してデッキメイクを悩むというような間違いが、デッキ画面で色々と考え過ぎてしまう原因だし、強さの大筋の要因はデッキメイクの賢さにあると自惚れているようで、外から見るとお金をいっぱい使って強いカード持っているだけ。それがイヤだから定額でゲームソフトを買ってゲームの中で課金ではなく勝てばもらえるポイントを貯めてヴァーチャルでパックを買う遊戯王DSNTというのにハマっているのだけど、これもカードを貯めるとRPGのレベル上げと何が違うのか、レベル99という天井とコンプリートがどう違うのか、てか俺まだレベル23なんですけど、レベル20でクリアのゲームを終わってから3レベル分研究して、これドラクエ5終ってから仲間モンスターのレベル上げに夢中になるのとどう違うのか。

 確かにあらゆるポイントがレベルと相関して右肩上がりに上がるならそりゃ正比例として時間かけられる方が強いのが分かるから、そういうのじゃなく平等に機会があるテーブルゲームがあるのだろうけど、そのテーブルゲームに持ち物の差を持ち込んだら、ゲーム性は台無しになるというのも分かる。ただ負けられない人なのかも知れませんね。

 その中にも面白みや駆け引きがあって、普通のテーブルゲームでは得難いものだって、そりゃテーブルゲームのコマと比べたらトレカって無数のカードがあるわけで、広さが違う。それだけ暇かカネを持て余していて、付き合う人がいないってことですよ。

 そういうことなんです。けどこの趣味にも興味関心を持ってもらって、読者がいるってのは有難いもんです。読んで下さってありがとうございます。


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