リンクを描いてみた

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!イラストに挑戦しています!

 どこがイラストじゃ!ただの落書きではないか!と思われる方もおられると思います。んで描くことが努力じゃ!というならもっと上手い絵師さんがタイムラプスとかやっていて、大した努力でも無いです。

 けど世の中平等という考え方があって、絵を描くという仕事をしたのだからと考えると、同一労働同一賃金の原則はまあ絵画芸術業界には無いのかもですが、原稿料が定額で出来高払いでないなら、これでも時間にして3時間で時給制なら3000円分、原稿なら3枚分の仕事をしたわけです。もちろん、未熟なので仕事とは見做されないだろうし、練習ということではありますが、俺が新卒でプログラマとして働いていた時のメディックス社のグラフィッカーはこれと同レベルの絵描きで、そして俺も人のことは言えずプログラマとしては半人前で会社に雇ってもらえたから給料もらって勉強できたんです。

 こんな絵を10枚も書けばゼルダの伝説時のオカリナが買えてしまう!そんな時世でした。下手なのは分かるから、もっと何かオタク能力のある友人が「どうしてミヤザワだけ働けるんだ!?」「働いて買ったとか言ってるの親に買ってもらっただけじゃないのか?」などと口伝ベースで同級生に話が広がったのですが、多分決め手はそこに雇ってくれる会社があることを人伝に教えてもらえたからというのはあると思います。学情とかもね。他の同級生がどれくらい就活をしてダメだったかは知りませんが、俺の就活はゲーム大手5社くらいにそれぞれ別々の企画書とエントリーシートを手書きで作って全部ダメで、それでメディックス社に入ったのです。

 「大願成就」「風水料理人」「君の名は」などをプログラムしました。会社に元のソフトがあってのバージョンアップです。同社からは「爆勝馬券」という競馬予想ソフトがあり、これがトップセールスでした。他には宝くじミニロトの予想など、趣味実用でインチキ臭いのが嫌で嫌でたまらなかったけど、振り返るとあのキャリア経験のお陰でその後の20年があったわけです。

 けどその20年も終わって最近になってみると、それでも目指したことが大願成就したわけでも無いという感覚から、何というかパソコンゲームとかエミュで充分と思っていたゲームに、振り返るとニンテンドー64とか手放してしまったけど、あの割とどうでも良い外装やコントローラの形状などに「おもちゃ」としての愛嬌が伴っていて、ああの形のゲーム機でもっぺんゼルダの伝説時のオカリナやりてぇなぁなんて思うけど、じゃあヤフオクとかでもっかい買うかと言うと「え?もっかい買うの?」と自分を疑ってやめて、そんで今、絵を描いているんです。

 まあその辺かな。工業デザインとか堅すぎて、そうじゃなく「おもちゃ」の造形。そういう仕事が多分したいんだろうな。レゴとかでも遊んだわけだし、子供時代のおもちゃは割と物持ち良く大事にしていて今もファミコンカセットも置いているけど、仕事の合間にもらった給料でポンと買えた新作ゲーム機はそのまま引っ越しとかでポンと売りに出して、ああ、あれも俺の大事な思い出だったんだなと失くして気付くのです。

 結婚もしていないし、写真を撮るようになったのもケータイにカメラが付いてからで、それも古い機種のは取り出せないし、思い出を思い出らしく思い出すのは遊びこんだゲーム機それそのものがもう一度欲しい恋しいくらいの感覚。

 恋人と言ってもそのうち年取るし、今も変わらない64の姿が本当に恋しい。

 それはゼルダ64は任天堂のソフトだけど、俺が作りたくても技術も何も無くて出来なかったことを他力本願的に作ってもらったけど、自分で働いた金で買ったから自力本願みたいに思って来たって話で、あらためて自分で絵を描くとご覧の出来で、そうさねことゲーム業界に関しては同一労働同一賃金のような労働組合に入っていたわけではないけど、下手なものでも作れば給料出てそれが業界トッププロの新作を容易に買える価格設定だったことが非常に自分有利に働いていたんですよ。

 けど、自己実現できていない感じがとても嫌だったけど、そんなことは64のコントローラを握れば忘れられたんですよね。それをどうして失くしたという悔いをあらためて記しておきます。もっかい買ったらどうなるってもんでも無くて、通販サイトで本体の写真見るだけでああ懐かしいなって心は半分くらい癒えるんですけどね。

 あの時は帰ってこないかもだけど、同じようなステキな過去に今日がならないかな。


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