
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日はA草薙京・ロレント・ベガ!
ウチの家族はいつから不仲なんだろうと思い返すと、俺が有限会社フリーライフに就職してからなんですよね。息子が外に働きに出ているということで、親父のメンツが立たなくなって家に残った家族の肩身が狭くなっていたのに俺は天王寺や難波で会社帰りに酒を飲むようになって。
そう、最初は会社に行くのにママが弁当持たせてくれて事務の弁当持ちの女子とか松原課長に「愛妻弁当かと思ったらお母さんなんや」と笑われたの恥ずかしい思い出だけど、母親目線にフォーカスすると大事にしてもらっていたんやな、まあランチ代出て行かないように弁当持たせてその分だけでも家にカネ入れろって事かもですが。
話は変わるけど、俺も以前は属してたストZERO3のコミュとかが不気味なんです。古くはストIIのカメラ屋さんの「感謝で昇竜拳!」かな。お金を払うお客さんと遊びを提供するゲームクリエイターの関係性が労使とか売買ではなく、信仰とお布施みたいにゲーム作る方が偉くてお金は貢ぐものという風に普通の経済と完全にひっくり返っている。バブルの頃からでしょうね、余ったあぶく銭で面白いものを「作ってあげている」という感覚は。まあ、俺も楽しく遊ばせてもらっているわけですけど、それって結局は対価の多寡の問題に転化されて「少ない金でしてやっている」という商売かなと。
ゲームしている場合かよ?と思うけどテレビのニュースはフランスの核武装と中国人の春節の旅行先。知らんがな。だからじゃないがPS2でカプエス2しました。
なーんか不完全燃焼なんですけど、先にキモイと書いた格ゲーコミュでゲームの台を囲んで騒いだり拍手したり、そういう相撲の歓声みたいのを浴びた経験があると、家でPS2で遊ぶだけでは不完全燃焼でくすぶった感じがするまま何年も辛抱してます。
いや台囲んでゲームして、もう歓声を浴びる方ではなく負ける側に転落しただろって感情もあるから、行ってもナーってのはあるんですがね。家で練習するのはその1プレイが楽しいからではなくゲーセンで勝つための練習であるみたいのから、独りで楽しめる人間に変化して行っているとは思うんです。
その間に家族付き合いや親戚付き合い元からあんま無かったけど、だから積極的に動こうと思えたこともあったけど頼るのも迷惑だろうし、結局キモいコミュとはいえ格ゲー友達と疎遠になって家族親戚も無ければ、あとは近所付き合いくらいか。それも商店街なのでお金の出ていく話ばかりだから少なくして、会社も辞めてカネも入らず。
それなのに、まだ生きている。ホント、カプエス2とかやってる場合かよ!?
ゲームは辛い事とかチョット忘れる気分転換にはなるけど、気分転換のための架空世界が自分の住処になって、現実世界を疎かにし過ぎてきたろうなと思うんだ。だってブログのテーマもゲーム攻略で研究したいテーマが格ゲーの対戦だぜ?
それでも、その路線で上手い事やってるプロゲーマーもそれはそれで存在しているようにも見えるネットの世界。それが成功なのか、俺がコミュに感じた違和感というかキモさというか、まあどんなお商売なんだろうという感じではあるよね。
戻った現実がフランスの核武装と中国の春節なら、日本人は何すりゃいいのって、フタを開けたらゲームで遊んでいましたってね。いや俺も朝から1プレイ遊んだわけですが。そうさね、人生終わっているようで余暇と趣味はある。それを楽しんでいるさまが外の人から見てちょっとキモく見えても別に良いじゃないかと考えるのが普通かな。
何というか、部屋の隅でテレビにゲーム機とアケコン繋いでやってるよりも暗いゲーセンで台の前に座って100円玉入れて遊んでいる方がサマになってるって、そういうことなのかもね。書いている間に濁った心が少し浄化されたかもしれない。